アップル共同創業者のスティーブ・ジョブズは焼き物が好きで、日本を訪れた際に茶碗やお皿を購入していた。彼がオーダーした作品からは、製品づくりへの強いこだわりが垣間見えたという。元NHK記者の佐伯健太郎さんの著書『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(晶文社)より、一部を紹介する――。
スティーブ・ジョブズ
スティーブ・ジョブズ=2010年6月8日(画像=Matthew Yohe/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons

陶芸家の個展を訪れたジョブズ夫妻

出会いは1996年4月6日の土曜日だった。当時のジョブズは、前年の11月にアメリカで公開されたピクサーによる世界で初めての全編CGの映画『トイ・ストーリー』を大ヒットさせた勢いに乗って、10年余り前に追放された古巣アップルへの復帰に向けて動いていた。日本では、『トイ・ストーリー』が前月の3月下旬から公開されていた。

京都市を南北に結ぶ烏丸通沿いのギャラリーでは、富山県立山町に住む越中瀬戸焼の陶芸家、釋永しゃくなが由紀夫さんが京都で初めて開く個展の初日が始まろうとしていた。

オープンの時間は午前10時だったが、その30分ほど前から外国人のカップルがギャラリーをのぞき込んでいた。釋永さんは、「観光客だったらそのうち帰るだろう」と思いながらしばらく様子を見ていたが、ふたりはずっと見ていた。オープン前だが入ってもらおうということになり、ふたりをギャラリーに入れた。それが、ジョブズと妻ローリーンとの出会いだった。

茶道の本場、京都での挑戦

個展が開かれたのは、当時の「美術凌霄りょうしょう」だった。現在は同じテナントに、「京のあられ処 橘屋たちばなや」が入っている。俵屋旅館から歩いて約20分の距離だ。俵屋旅館から御池通おいけどおりに出て西へ8ブロック歩き、烏丸通からすまどおりとの交差点から北へ2ブロック歩いたところだ。

ジョブズは朝のジョギングをして朝食をとったあと、初めて京都に連れてきた妻とそぞろ歩きをしていたのだろう。釋永さんは、ギャラリーの入り口のドア近くにあった大きな黒い壺が、焼き物好きのジョブズの目に入ったのではないかと思っている。

展示した作品は約70点。全体の8割は、茶碗、水差し、花入れだった。釋永さんは、茶道の家元が多い京都は、茶道人口では特別なところだと思っていたため、茶道に特化したものを展示していた。展示会は東京では何回か経験していたが、ほとんどは地元の北陸だった。当時41歳の釋永さんとしては、「侘び寂び」の世界観も求め、一大決心をして茶道の本場の京都で臨んだ個展だった。