優しい手つきで茶碗を手に持った

釋永さんは外国人のカップルをギャラリーに入れたあとも、「すぐに飽きて帰るだろう」と思っていた。

しかし、それは大間違いだった。ふたりは一つひとつの作品をじっくりと見ながら、ギャラリーを一回り、二回りしていた。よく見ていたのは、茶碗と花入れだった。

三回り目に「手にとって見てもいいか」と聞かれたので、釋永さんは「どうぞ、さわってご覧ください」と応じた。茶道具を中心にした個展だったので、茶碗が多かった。釋永さんは、陶器をさわって肌触りを確かめることはとても大事なことだと思っていたので、ジョブズの手つきや表情を見て特別なものを感じた。

「見ているだけじゃ納得できなくてさわるんです。土のあたたかさとかやわらかさ。そういう触覚でしか味わえないようなところを大事にしているようでした。両手で包み込むようにして茶碗を持っていました。ものを慈しんでいる感じ」

それは、子犬とか子猫とかひよこを扱うような手つきだったという。ジョブズはそうしながら、1時間、1時間半と、立ち止まっては気に入ったものを一つずつ確かめるように見ていた。妻のローリーンは、ジョブズが手にとったものを、自分も同じように手にとって見ていた。

そのときの様子について釋永さんは、「こうやって立っているかと思ったら、こんどはこんなですよ」と言って、しゃがみこんで作品を見ている格好をした。

最初の質問「この土はどこで買えるのか」

個展の初日というのは忙しい。釋永さんはふたりのことを気に留めながらも、ほかの来訪者にお茶をたてる準備や、届けられた花、知り合いへの対応に忙しかった。一方、ジョブズは釋永さんが作者だと察したのか、何か聞きたいことがあるようで、そわそわしていた。釋永さんは努めて隙を見せないようにしていたが、ついにジョブズにつかまった。

ジョブズの興味の対象は土だった。最初の質問は、「この土はどこで買えるのか」だった。釋永さんは、「立山町で昔から白土しらつちと呼ばれる特殊な白い粘土を自分で掘ってくる。作品はその白い土で作った」と答えた。白い土を「ホワイト・クレイ」と直訳した。

ジョブズが続けて「すべてそうなのか」と聞くので、「土は工房近くの里山でとれる特別な白い粘土で、自分で掘っている。作品に合わせて土を作り分け、目的に合わせて窯で焼く。作品ごとに表情は違うが、ベースは白い土だ」と答えた。すると、ジョブズは、「これもか?」「これもか?」と畳みかけて聞いてきた。

次の質問は、「何度ぐらいで焼くんだ」。釋永さんは、「1300度という、陶器としては高い温度で焼いている」と答えた。