プーチンの元から盟友が次々と消えている
2月4日、ロシアのプーチン大統領はKGB(旧ソ連国家保安委員会)の入省同期だった盟友のセルゲイ・イワノフ大統領特別代表(環境問題担当、73)を解任する大統領令に署名した。本人の申し入れによるもので、イワノフ氏は最高意思決定機関である安全保障会議からも退き、政界を引退する。
イワノフ氏はKGB時代、スパイとしてロンドンや北欧に駐在し、将軍として退役するなど出世した。プーチン氏の在外勤務は旧東独の地方都市だけで、退任時の階級も中佐止まりだった。イワノフ氏はプーチン政権では安保会議書記や国防相、大統領府長官など要職を歴任。一時は政権ナンバー2扱いだった。
独立系メディア「メドゥーザ」(2月9日)によれば、プーチン氏は2008年に大統領職をいったん退いた際、後継候補にイワノフ氏を検討した。しかし、実力者のイワノフ氏は4年後にポストを返さない可能性があることから、イエスマンのメドベージェフ安保会議副議長(60)を後継に選んだという。
イワノフ氏は2014年に長男が湾岸の保養地で溺死した後、引きこもり気味になり、健康悪化もあって引退を申し出た。
腹心にまで見限られた
ウクライナ問題を担当した大統領の腹心、ドミトリー・コザク前大統領府副長官(67)も昨年11月、ウクライナ戦争を批判する書簡を大統領に送り、辞任した。
米紙「ニューヨーク・タイムズ」(2025年8月10日)によれば、コザク氏は2022年のウクライナ侵攻前からウクライナ軍の抵抗を理由に開戦に反対した。開戦後もプーチン氏としばしば会い、早期停戦のほか、検閲の廃止、司法制度改革など民主化を直訴したという。
退陣に際して大統領に送った書簡は「戦争に反対する非常に厳しい内容」(大統領府関係者)だったという。
プーチン氏は政権初期、法律家出身のコザク氏の能力や責任感を評価し、首相ポストを打診した。しかし、コザク氏は打診を断り、チェチェン共和国対策やウクライナ問題など難題を率先して担当した。
政権中枢で反戦を公然と表明したのはコザク氏だけで、長年の腹心の離反はプーチン氏にとってショックだったはずだ。

