(※本稿は一部にネタバレを含む場合があります)
熊本に移って“愕然とした”八雲
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。ついにヘブン(トミー・バストウ)が、トキ(髙石あかり)の家族も連れて松江から熊本へと舞台を移すことに。
当初は松江を離れることに応じなかったトキだが、家族も一緒に連れていくというヘブンの真心を知り翻意することに……まさに家族愛‼
もし、熊本へ行けば…
— 朝ドラ「ばけばけ」公式 放送中 (@asadora_bk_nhk) February 10, 2026
誰も知らない場所で、一からやり直せる。
小泉セツは後に、「らしゃめんと言われることが一番つらかった」と語ったそうです。
騒動は過ぎても、人々の話し声や視線に、トキの心はむしばまれていました。#髙石あかり#ばけばけ pic.twitter.com/z21FRaX4ke
実際、ヘブンのモデルである小泉八雲は、妻であるセツの家族も一緒の熊本への移住にどんな感情を抱いていたのか?
松江を離れがたく感じながらも、八雲は熊本に大きな憧れを抱いていた。というのも、九州は神話発祥の地であると聞き及んでいた。なにしろ、八雲に熊本での仕事を紹介したバジル・ホール・チェンバレンは初めて『古事記』を英語に翻訳した人である。だから「九州というのは、日本発祥の地で多くの神々が……」などと聞いて、期待に胸膨らませていたことが想像できる。
しかし、熊本に移って間もなく、八雲は愕然とすることになる。熊本に、そんなものはまったくなかったからである。
言葉を選ばずに説明するなら、八雲が移住した1891年当時の熊本は最悪な街である。いわば、土地の機嫌そのものが悪かった。
前述のように、八雲は、九州は古くから文明が栄えた土地であり、多くの神話がある土地を想像し期待に胸を膨らませていた。しかし、期待してやってきた熊本はテレビゲームでいえばリセットボタンを押した上にセーブデータがすべて吹き飛んだような街だったのだ。
なぜか?
八雲が考えているような熊本は、14年前の西南戦争(1877年)で、ほぼすべてが焼き尽くされて潰滅していたからだ。
産業が育たなかった街
実に、西南戦争での熊本の潰滅ぶりは尋常ではない。帝国データバンクの「『老舗企業』の実態調査」(2019年)によれば、熊本市の社歴100年を越える企業は全体のわずか1.1%、福岡市の2.5%の半分以下。明治以降に開発された札幌市でも3.5%なのだから、いかに酷い数字かがわかる。
もともと九州の中心都市だった熊本は明治維新以降、不平士族のたまり場ともなった。その結果、1876年には神風連の乱が勃発、その余韻も冷めやらぬうちにはじまった西南戦争で、熊本県は陸軍が立て籠もった熊本城を始め各地が戦場に。城は残ったが、城下町は焼き尽くされて、加藤清正以来の熊本はここでほぼ消滅したのである。
しかも、焼け跡からの復興はすべて「しくじり」であった。というのも、なにも産業が育たなかったのだ。
その後の熊本の歴史をみてみると、県内ではセメント産業で発展した八代のような地域もあったが、県庁所在地である熊本には代表産業はナシ。県庁、それに1886年に開校した第五高等中学校(後、第五高等学校)。そして、第6師団といった教育や行政機関が集まったに過ぎなかった。つまり、単に人が集まって経済が回っているだけ。産業も文化もなにも生み出さない消費経済都市となったのだ。

