かつての栄光を失った「元・中心都市」

近代以降の熊本がいかに酷かったかを示すのは、鉄道駅の位置である。熊本駅が開業したのは1871年7月のこと。

よく知られていることだが、このJR熊本駅は市街地からは遠く離れた郊外に立地している。そうなった理由は、当時の熊本県が土地買収予算を捻出できず、市街地まで線路を近づけることができなかったからだ。こうして、新たに産業と商業の中心となった福岡に九州の中心都市としての地位を奪われ、政令指定都市となった現在でも若者は福岡に流出していく体たらくになっている(昼間たかし『これでいいのか熊本県』マイクロマガジン社、2021年)。

つまり、八雲が訪れた当時の熊本は、かつての栄光を失った「元・中心都市」だった。それも、ただ衰退しただけではない。西南戦争に街も経済も破壊され、産業も育たない。僅かな希望は、威張りくさった官僚機構と教育機関だけという、極めていびつな街になり、ルサンチマンを貯め込んでいる時期である。八雲が期待していた「神話の残る古き良き九州」が、どこにも存在しないどころではない……もっとも暗黒な時期である。