「カトリックの言葉」を友人につづった

友人エルウッド・ヘンドリックに宛てた息子の誕生を知らせる手紙には、こう書かれている。

この新しい経験で「出産」と云う事は、神聖な物又恐ろしい物で、宗教の力を借りて保護してもまだ十分と云へない事を非常に深くさとりました。

それから自分の子供を生んでくれる女を虐待する男も世の中にはあると思い出したら、天地しばらく暗くなるような気が致しました。それから私はこんな幸福を授けてくれた「不可思議の力」に対して恭しく感謝した事を白状します。それから御体の祈りを捧げました。そうするのが愚かな事だとは思いませんでした。

「御体の祈り」とはカトリックで用いられる「アニマ・クリスティ(キリストの魂)」という祈祷文のこと。「願わくはキリストの御魂、我を聖ならしめ、キリストの御体、我を救い、キリストの御血、我を酔わしめ、キリストの御脇腹より滴りし水、我を清め、キリストの御受難、我を強めん事を……」と続く。

八雲にとって、カトリックは母を捨てた父の教派であり、ろくな思い出がない寄宿学校で嫌々唱えていた、いわば自分の敵に値するもの。それが、いざ、セツが出産の時になって、思わず唱えている。

ラフカディオ・ハーンの写真(F.グーテクンスト・スタジオ撮影、1889年)
ラフカディオ・ハーンの写真(F.グーテクンスト・スタジオ撮影、1889年)(写真=シンシナティ・ハミルトン郡公共図書館所蔵/Frederick Gutekunst/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

「息子の誕生」で覚悟を決めたか

友人のヘンドリックも、八雲の口からカトリックへの憎悪は常々聞かされていたはずである。

その八雲が、セツの出産という究極の瞬間に、憎むべきカトリックの祈祷文を唱えている。家族を守るためなら、父親はなりふり構わず、過去の憎悪すら捨てて、今まで信じてなかった神にまで祈り始める……ヘンドリックはそこに、八雲の覚悟を見たのではなかろうか。

もっとも、続く文章の中では筆が滑ったのは「君がいつか父となられる事があれば、一生のうちで最も不思議な強い感じは、初めて自分の子供の細い叫び声を聞く時であろうと思います」と、ちょっと上から語っている。感動したヘンドリックも「コイツ、相変わらずだな」と思ったのではなかろうか。

ともあれ、この一雄の誕生によって八雲は、子供を、家族を自分のような目には遭わせまいと覚悟を決めたはずだ。母を捨て、自分を捨てた憎き父のように家族を足蹴にしない。惜しみなく愛情を注ぎ、食うに困ることはさせない。

その覚悟が、最悪の街に八雲を留まらせた理由だった。

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