成功体験を大切にしすぎることは、自らの成長を止めてしまうおそれがあるという。成長し続けるために必要な「アンラーニング」とは何か? 経験学習の第一人者が解説する。

知識にも新陳代謝が必要だ

皆さんは、将棋棋士の故・米長邦雄よねながくにお氏をご存じですか。米長氏は数々のタイトルを獲得し、日本将棋連盟会長まで務めた優秀な棋士ですが、そのキャリアは順風満帆なものではありませんでした。

米長氏は40代半ばでスランプに陥り、若手棋士に勝てなくなってしまう時期がありました。そのことを弟子に相談すると、「先生と指すのは非常に楽です。先生はこの局面になったら、絶対逃さないという得意技や十八番をいくつも持っていますね。ですが、こちらは先生の十八番をすべて調べて対策を立てていますから、今は通用しないと思います」と指摘されました。

このことに衝撃を受けた米長氏は、プライドを捨ててその弟子に弟子入りし、今までの勝ちパターンを捨てて新しい戦法を身に付けました。その結果、50歳にして名人位に在位するという偉業を成し遂げたのです。

もし米長氏が「今まではこの戦法で勝てていたから」と従来の戦法に固執していたら、スランプを脱することはできず、名人位も獲得できなかったかもしれません。

対局中の米長邦雄氏
これまで勝利をもたらしてきた戦法を捨て、新たな戦法で名人位をつかみとった米長邦雄氏(写真右)の例は、アンラーニングの典型例だと松尾氏は語る

この米長氏のような状況は、プロ棋士に限らず、どのような職業の方でも起こりうることでしょう。

このことからわかるように、ある一定のレベルまで熟達したあとの学習には、時代や状況に合わなくなった知識やスキルを捨てつつ、新しい知識やスキルを取り込むことが必要になります。これを「アンラーニング」と呼びます。

アンラーニングとは、「学習棄却」と呼ばれることもありますが、単に知識を捨てる、あるいは忘れることではありません。私は、アンラーニングを「個人が、自身の知識やスキルを意図的に棄却しながら、新しい知識やスキルを取り入れるプロセス」と定義しています。

つまり、時代や状況に合わなくなった古いノウハウの使用を意図的に停止し、代わりに新しい有効なノウハウを積極的に取り入れる、「知のアップデート(新陳代謝)」ともいえるでしょう。

成功体験が成長を止めてしまう

では、具体的にどうすればアンラーニングを実践できるのでしょうか。

まず、アンラーニングという概念があることを知識として知っているかどうかだけでも差が出ると思います。個人を対象にしたアンラーニングの研究が行われはじめたのは最近のことですので、前述した米長氏はアンラーニングという概念のことは知らなかったと思いますが、成果を上げている人は無意識にアンラーニングによって古い知識を棄却し、新たな知識を取り入れています。