「侘び寂び」を理解していたアメリカ人
最後となった3日目、ジョブズは妻とふたりでやはり開店前に訪れた。
「展示されているものの中で、気に入ったものがあるから欲しいんだ」と言うと、指でさして作品を選んだ。茶碗、花入れ、コーヒーカップなど、いずれもオーソドックスな形の7、8点だった。釋永さんが「これを選ぶだろうなあ」と思っていたものばかりだった。
初日からの動きを見ていて、お気に入りのものは大体わかっていた。ふたりを見ていて、「自分の好きな方角を好きなんだな」と思った。そして、窯で焼かれた焼き物の景色といわれる侘びた風情とか土味の表情は、日本人でなければわからないのではないかと思っていた先入観を改めた。
僕は、釋永さんのこの受けとめは、この3年後に東京でジョブズに焼き物を案内したロバート・イエリンさんと共通するものを感じた。イエリンさんは、ジョブズには「侘び寂び」といった言葉を説明する必要がなかったと話していた。それと同じではないか。
「平凡な黒い茶碗」を欲しがった
ジョブズが購入した作品で釋永さんの印象に残ったのは、伝統的なスタイルの黒い茶碗だった。この茶碗について、釋永さんはこう表現した。
「まったくもって説明がつかないくらい平凡。ろくろで土に曲芸をさせないという当たり前の姿をした茶碗。どう回しても、どこにも景色がない、ただの茶碗。だけど、とてもバランス良くできていて、気に入っていた茶碗だったんです。視覚だけでは絶対に好きにならないという茶碗でした」
ところで、支払いのときになって、“事件”が起きた。ジョブズが出した黒いカードが、「使えません」と断られたのだ。このギャラリーではクレジットカードを取り扱っていなかった。
彼はひどく落胆しているようだった。とても欲しがっている表情をしていたので、釋永さんが「個展が終わったら送りましょうか?」と言うと、ニコッとして首を縦に振った(反応がかわいい。新版画や焼き物に接しているときのジョブズは本当に素直だ)。それは、釋永さんにとっても“事件”だった。ジョブズは、自分の作品を購入した初めての外国人となった。
ただ、ジョブズの真骨頂はここからだった。「オーダーで自分のために作品をつくってほしい」と釋永さんに頼んだ。

