敗北には必ず「理由」がある
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」。江戸後期の平戸藩主・松浦靜山の遺訓だが、むしろ名将・野村克也氏が座右の銘としたことで広く知られている。勝敗の本質を突いたその鋭い視座は、今なお多くのビジネスパーソンにとって重要な指針となっている。
勝利には運のもたらす偶然がある。だが、敗北には必ず理由があって、その結果は総じて必然だ。私たちはつい勝者の成功体験に耳を傾けたくなるが、敗者が味わった失敗体験にこそ、再現性の高い学びが多い。
東京ヤクルトスワローズ前監督の髙津臣吾さんは2025年のプロ野球セントラル・リーグを最下位で終え、静かにユニホームを脱いだ。髙津さんといえば、野村監督の下、1990年代のヤクルト黄金時代を牽引した不動のクローザーであり、恩師から「考える野球」の薫陶を誰よりも濃く受けた人物だ。そんな「野村イズム」の継承者が指揮を執りながら、なぜスワローズは最下位に沈んだのか。
名将の教えを胸に、酸いも甘いも噛み分けた髙津さんが、自らの「負け」をどう解剖するのか。恩師の言葉を補助線に、スワローズでの激闘と、その敗因に潜む教訓を語り尽くしてもらった。
スワローズの監督として最初にやったこと
――2019年を最下位で終えたチームの再建を託されましたが、監督就任1年目の2020年は最下位でした。そこから急激にチームが立ち直り、2021-22年と連覇を果たしました。この時、髙津さんが考えていたことを振り返っていただけますか。
【髙津】監督就任直後、最初にやらなければならないと思ったのは選手たちのマインドセットを変えることでした。彼らの目や表情を見ていると、「本当に楽しんでやっているのか?」と疑問でした。
技術をどうするか、勝つためにどうするか。そういった議論の以前に、野球を楽しみながらプレーしているようには見えませんでした。まずはそこを絶対に変えたいと思いました。
幸い、監督就任2年目でセ・リーグ優勝、日本一になることができました。ですが、何か特別なことをやったわけではありません。どちらかというと、最初に抱いた「選手の意識を変える」という思いが時間をかけてチームにだんだん浸透していったという感覚です。
「負けても明るく」というわけではないですが、「負けても次また頑張ろう」という前向きな雰囲気とも言えます。とくにチームが躍進を遂げた2021年は、そんな空気が定着した節目でした。
結局、就任時に僕が徹底して実行したと言えるのは、選手の意識を変革することくらいだったように思います。


