日本一になれた「ラッキー」な事情
――当時、スワローズが日本一になった要因をどのように分析しましたか。また、栄光から時間を経た今だからこそ、気づいたことはありますか?
【髙津】ピッチャーが頑張ったとか、サンタナ、オスナっていう外国人野手が入ってきて打線が元気になったとか、日本一になった要因はいくつか挙げられます。ですがそれよりも、セ・リーグ全体の実力が拮抗していて、団子状態だったことが大きかったですね。
その中で最後にパッと抜け出せたのは、2025年シーズンの阪神のような「突出して強いチーム」がいなかったからです。これがラッキーでした。つまり、リーグ優勝もあれば、4位5位になる可能性もあったということです。
――優勝を分けたのは紙一重の差だったということですね。
【髙津】監督をやっている間はもうずっと紙一重でしたね。勝ったり負けたりの連続で、どのチームが優勝しても、Bクラスになってもおかしくありませんでした。
――当時のミーティング風景をYouTubeで拝見しましたが、髙津監督が選手たちをやる気にさせようとしている姿が印象的でした。最後は、選手の意識変化が優勝をもたらした気がするのですが、そのような実感はありますか?
【髙津】どうですかね。勝った時はいろんな要因があって、意外とはっきり見えません。負けた時は、「まさにこれで負けたよね!」というのがはっきり見えます。やはり勝った時というのは、メンタルや攻撃力だけでなく、守備力、走力すべてがレベルアップして、総合力が発揮された時だと思います。勝因は一つ二つではないですね。
髙津監督に「不思議の負け」はあったのか
――負けた時の要因ははっきり見えるということですが、敗因が明確であれば、対策も講じやすいということでしょうか?
【髙津】そうですね。やるべきことは明確になります。ですが、対策を講じても、すぐに結果が出ないのが野球の難しさです。野球は年単位のスポーツなので、優勝、最下位にかかわらず、新しいシーズンが始まればまた0勝0敗に戻る。その繰り返しです。
企業の仕事であれば、毎年の実績が積み上がっていくのかもしれません。ですが、野球の場合は1年が終わると、完全にリセットされます。そう考えると、万年最下位も永遠の優勝もありえないわけです。
だからこそ、「1年目はこんなイメージで」「2年目こうなったらいいな」「上手く行けば3年目このぐらいにはなっているだろうか」と、イメージしながら、1年1年を戦っていました。
――髙津さんといえば、現役時代に野村克也さんの薫陶を受けたことで有名です。ご自身が監督を経験された今、野村さんの「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに負過ぎの負けなし」という言葉をどう受け止めていますか?
【髙津】これはもう、そのままですね! すごく分かりやすい言葉です。
勝てば嬉しいですが、たまたま相手のミスで勝つことがあります。だからあまり振り返ることはありません。
だけど、こちらがミスをすれば間違いなく負けますし、悔しくて頭にも残ります。だからこそ、負けた時にしっかりと振り返って敗因を分析しておくことは、次の勝ちにつなげるためにも重要です。

