高市氏は「女性だから」人気なのか
衆議院選挙では、高市早苗首相が率いる自民党が大勝した。その理由は、圧倒的な高市氏の「人気」であるといわれている。
報道では、高市人気は「推し活」や「アイドル」人気になぞらえられることも多い。また高市首相が勝利したのは、これまで女性は差別されてきたという「女性の“犠牲者性”」を強調した「被害者モード」のおかげだという識者もいる。
女性であるとなぜ人気が出るのか、高市首相は本当に“被害者ぶって”いるのか。もちろん、投票は政策を吟味してなされるものであるが、この視点から考えてみたい。
総理大臣や党首が女性であれば選挙に大勝できるのであれば、どの党も女性を党首にするだろう。実際に女性が党首の党もあるが、高市氏のような爆発的な人気を博しているわけでもない。
確かに、小池百合子都知事旋風が起こった当時は、中年女性を中心に、「女性ならでは」の人気があったかもしれないが、若い世代の支持はそれほど高くはなかった。高市氏のように、男女問わず広く支持され、またとくに若者から人気があるのは、高市氏がたんに「女性だから」という理由だけでは片付けられないだろう。
確かに若い女性にとって女性政治家の存在は、これまで自分たちからは遠くにあったように見えていた政治を、身近なものに感じさせる効果はある。国会の中継で、女性が「総理大臣」と呼ばれているのを見て、男性が総理の椅子に座っていた今までとは異なる新しい風を感じるというひとがいるのは当然だ。しかし、それだけでは高市人気は説明しつくせない。
「高市チーム」の存在感
高市人気のひとつには、高市氏個人の「アイドル性」というよりも、高市氏を支えるチームの存在感にあるのではないだろうか。
高市氏が自民党総裁に選ばれたとき、周囲にいた多くの女性議員が涙していた。自民党という男性中心の組織で、後ろ盾もない女性議員が総裁選を勝ち抜くことがどれだけ大変かを、理解しているひとたちの涙である。これまで男性総裁が選出されたときに、周囲の男性たちがあれほど涙したことがあっただろうか。そこでは少なくとも「女性ならでは」の苦労があったことがうかがい知れ、女性たちの絆を感じさせるものがあった。


