どんな遊びにブラックカードを切っているのか?
もし、あなたが自由に使える1億円を持っていたら、どんな旅行をするだろうか。ファーストクラスで世界一周をするだろうか。あるいは、七つ星ホテルのスイートルームで王様のような暮らしを楽しむだろうか。おそらく多くの人は、そうした「豪華な消費」を思い浮かべるはずだ。
しかし今、世界の超富裕層が熱狂しているのは、そうした受動的な贅沢ではない。彼らがブラックカードを切るのは、明らかに質の違う体験だ。
英国のラグジュアリー旅行会社Black Tomato社は、映画『007』シリーズの制作会社EON Productionsと公式にタッグを組み、“異様な12日間の旅”を商品化した。その価格は、フルオプションで1億円を超えることもあるという。彼らはこの旅で、何を買い、何を持ち帰っているのか。
旅の内容はずばり、「ジェームズ・ボンドになる」というものだ。2社が提供するツアー「The Assignment(ザ・アサインメント)」の基本価格は、2名参加で約2200万円($74,500/人)。これに全行程のプライベートジェット移動、全行程のスイートルーム指定、特別な体験オプションなどを積み上げていけば、総額は数千万円から1億円に上るケースもある。
たった12日間の旅程に、都心の高級マンションが買えるほどの金額を投じる。狂気じみていると思うだろうか。だが、その中身を知れば、彼らが対価として何を得ているのかが見えてくるはずだ。これは単なる「ロケ地巡り」ではない。ボンドという男の美学、強さ、そして物語を、物理的に自らの肉体に「装着」するプロセスなのだ。
このツアーがいかに「異常」で、かつ「魅力的」か。その全貌を、実際の旅程に沿って解説しよう。
ボンドガールとマティーニでカジノに興じる
【Day1-3】ロンドン:サヴィル・ロウで「戦闘服」をまとう
旅の始まりはロンドン。だが、いきなり観光地へは向かわない。まず向かうのは、紳士服の聖地「サヴィル・ロウ」だ。
ボンドにとって、スーツは単なる衣服ではなく「戦闘服」である。参加者はまず、ボンドゆかりの老舗テーラーを訪問し、オーダーメイドスーツを新調する。目的はショッピングではない。EON Productions公認のこのツアーでは、ボンドの世界観にふさわしい「身支度」そのものがエンターテインメントとして組み込まれている。採寸の最中から、すでに儀式は始まっているのだ。鏡に映るのは、昨日の疲れ切った経営者ではない。これから欧州を股にかけた任務(アサインメント)を帯びたエージェントである。
拠点はロンドンの高級ホテル「コリンシア」。ここから作戦行動が開始される。ハイライトは、映画『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)に登場した高速ボート「スーパーホーク34」に乗り込み、テムズ川を疾走する体験だ。
水しぶきを上げ、国会議事堂やMI6の本部ビルを横目にボートを走らせる。観光船から手を振る人々を尻目に、自分は「追う者」として川面を切り裂く。この瞬間、彼らは完全に日常から切り離される。
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