なぜ日本ではウォシュレットが普及したのか。クリエイティブディレクター/アートディレクターの秋山具義さんは「ウォシュレットがこれほどまでに日本に根づいた背景には、文化的な必然があった」という――。

※本稿は、秋山具義『こうやって、センスは生まれる』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

ウォシュレットつきの洋式便器
写真=iStock.com/supawat bursuk
※写真はイメージです

ドイツで出会った「トイレのサイン」

「センスがいい人」とよく言いますが、「センスとは何か?」と言われると答えられない人が多いのではないでしょうか。「センス」を定義すると、「人“ハッとさせる”アウトプット」になります。

こうした“ハッとさせる”瞬間は、派手な演出や特別な才能から生まれるわけではありません。むしろ、相手の立場や背景をよく観察し、「どのように提示すれば一瞬で伝わるか」を考える姿勢から生まれます。センスとは、相手の理解の射程と興味の範囲を踏まえた上で、ほんの少しだけ先を提示する力なのです。

2012年、仕事でドイツのフォルクスブルクに行ったとき、現地のトイレのサインがあまりにかわいくて、思わず写真を撮りました。

男性と女性が並んだシルエットのピクトグラムなのですが、トイレに行きたい人を表現した男女のピクトグラムは、足をもじもじしていて、口をへの字に曲げている。そんなコミカルな仕草が描かれているんです。見た瞬間、思わず笑ってしまいました。

ドイツのトイレサイン
ドイツのトイレで出会ったサイン(画像=『こうやって、センスは生まれる』)

人の想像力を通して行動を変えるデザイン

でも、そのデザインをよく見ると、ただの遊び心ではないことに気づきます。トイレを使っている人がそのサインを思い出したら、「外で誰かが待っているかもしれない」と感じて、少しだけ早く出ようと思うかもしれません。

つまり、このピクトグラムは、人の想像力を通して行動を変えるデザインなのです。日本でも、こういう“やさしさのあるデザイン”がもっと増えてもいいと思います。「行動を強制する」ではなく、「気づかせる」デザイン。無機質な標識より、ちょっとしたユーモアや人間味が、人の心を動かすきっかけになる。センスとは、そういう目に見えないコミュニケーションの力のことだと感じます。