腕時計を着けるのは右手か左手か。クリエイティブディレクター/アートディレクターの秋山具義さんは「左手が正しいというのが“世界の常識”だったが、現在は右手に着ける人も増えている。常識を変えたのはApple Watchだ」という――。

※本稿は、秋山具義『こうやって、センスは生まれる』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

ニューヨークのアップルフラッグシップストア
写真=iStock.com/hapabapa
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「センス」はどうやって生まれているのか

――「センス」という言葉は、私たちの身近な生活の中に、思っている以上に深く入り込んでいます。

たとえば、ファッションセンス。朝の通勤電車の中でふと見かけた人の服装に、目を奪われる瞬間があります。奇抜な格好ではないのに、全体の色味や素材感が絶妙で、「なんかあの人、おしゃれだな」と感じる。あるいは、季節の変化をうまく取り入れた着こなしに、センスのよさを感じることもあるでしょう。

美的センスも同様です。インテリアや写真、文章などに触れたとき、その美しさや構成のバランスの良さに思わず「いいな」と感じる瞬間があります。何気ないカフェの照明や観葉植物の配置に、「この空間、落ち着くな」と思うことはありませんか? あるいは、SNSで見かけたたった一文の詩や写真に、なぜだか心を掴まれてしまうこともあります。そこには、言葉では説明しづらい「センス」が確かに存在しています。

仕事のセンスもまた、私たちの日常にひっそりと息づいています。商談の場で、相手の心をふっと掴む提案をしたり、絶妙な一言で話の流れを変えたりする人がいます。資料や話し方が派手なわけではないのに、「この人の話はなぜか伝わる」と感じさせてくれる人がいる。そうした人たちは、相手の反応や空気を敏感に感じ取り、タイミングよく“半歩先”の提案を差し込むセンスを持っています。

では、「センスってどうやって生まれているの?」と問われると、意外と明確に説明できない人が多いのではないでしょうか。

発想の転換が文化を作った「ひつまぶし」

私が"名古屋めし"の中でも一番好きなのが「ひつまぶし」です。

1杯目は鰻うなぎとご飯でそのまま食べ、2杯目は薬味を添えて、3杯目はお茶漬けにして食べる――。

この3段階で味の変化を楽しめる"システム"に、初めて食べたときは本当に感動しました。

同じ料理なのに、食べ方を変えるだけでまったく違う世界が広がる。これは、まさに「発想の転換」がもたらすセンスの象徴だと思います。

また、通常、鰻料理では"大きく立派な鰻"が喜ばれ、鰻重や鰻丼では、見た目の豪華さや焼き目の美しさが重要です。

それが、小さかったり型崩れしたりしている鰻や切れ端でも、細かく切ってご飯の上に並べ、「ひつまぶし」として高価格帯で提供できるというのは"逆転の発想"です。

私が思うに、「ひつまぶし」は単なる料理ではなく、"発想の転換で文化を作った象徴"です。

足りない材料をどう使うか、どう見せるか、どう楽しませるか――。この発想は、どんな時代のビジネスにも通じます。

たとえば、SNSで「完璧な投稿」に対して、あえて“余白”や“崩し”を見せる表現が共感を呼ぶのも同じ原理です。

つまり、「整いすぎていないこと」や「欠けていること」にも美しさを見出せるかどうか。

そこに“センスの成熟”があるのです。

センスとは、何かを“足す”ことではなく、視点を“変える”ことから生まれます。「小さな鰻をどうにか活かせないか」という発想が、名古屋を代表する料理を生み出したように、日常の中の小さな不便や違和感の中にも、新しい価値の芽が潜んでいるのです。