ツンツン女将が考えていること

そんな店のツンツン女将に言わせれば、

「そもそもあたしが町内のご近所さんたちを、迷惑がったりないがしろにしたりするわけがないじゃないか」

稲田 俊輔『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音 』(新潮新書)
稲田 俊輔『お客さん物語 飲食店の舞台裏と料理人の本音』(新潮社)

ということになるのではないでしょうか。

それがわかっている常連の爺さんも、広げた新聞から目を離すこともなく「熱燗もう一本」なんて、ぶっきらぼうにオーダーします。そこで女将さんが「はいよろこんで!」なんて返す必要は全くありません。黙って燗をつけて、「はいお待たせ」と、(あるいは無言で)徳利を新聞の端がかすめない位置を注意深く見定めて、ことり、と置きます。そこでは暗黙の了解と信頼関係が、既に醸成されています。

そこにたまさか、グルメサイトで「地元で人気の安ウマ食堂」などと紹介する記事に触発された「食べ歩きの達人」氏が来訪します。女将さんはプロ中のプロですから、その地域コミュニティ外からの異邦人に対しても、分け隔てなくいつものように淡々と接します。達人氏は少し不安になります。

世間ではそれを「被害妄想」と呼ぶ

そんな傍で、女将さんは馴染みの客と世間話に興じたりもしています。実はその間も、女将さんは見慣れない新規客への目配りは決して怠ってはいないのですが、注文のタイミングを推しはかる達人氏は更に不安になります。

意を決して「鯖味噌定食いただけますか」とスマートに声をかけますが、女将さんは即座に「鯖味噌今日売り切れ」と、事実のみを簡潔に伝えます。

代わりにから揚げ定食で手を打ち、写真を撮りながらそそくさと食べ終えた氏は、帰り道の地下鉄でグーグルマップを開き、星を二つ付けながらこんなことを書きつけます。

「ホールを取り仕切る年配女性の接客に難あり。常連客以外は冷遇されるようなので、来店を検討されている方はお気を付けられたし。料理はごく普通で、特筆すべき点は無し」

世間ではそれを「被害妄想」と呼びます。

【関連記事】
「今から行くから待ってろコラ!」電話のあと本当に来社したモンスタークレーマーを撃退した意外なひと言
無人セルフレジなのにサービス料を請求される…アメリカ人の3人に2人が嫌悪する「チップ文化」は必要か
これを言うだけで相手からの好意が爆上がりする…日本人だけが口にする"感謝の念"を表す「パワーワード」
外国人観光客は「日本的な生活」に憧れている…日本人が過小評価している「日本式インフラ」のすごい価値
日本人は己の価値に全く気付いていない…世界中で圧倒的な人気を誇る"日本では当たり前"の身近な製品