近親者の死といかに向き合っていくか

特に大切な人との死別は大きな心のダメージになります。

フロイトは41~42歳の時に父親を亡くして、大きなショックを受けます。この心の「喪の作業」は「モーニング(mourning)」、「喪のプロセス」と言います。これをフロイトは、2年くらいかけて行なっていった。

精神分析では、回想の中で死んだ人との関係について扱っていきます。回想や、空想の中で、その人のことを「対象」と呼ぶのですが、「対象関係」を扱っていきます。つまり「心の中での他者との関係」を理解していく。これが精神分析の本質です。

その際、近親者の死が、大きな課題になります。この死別による喪失を「ビリーブメント(bereavement)」と言います。妻が夫を亡くしたり、夫が妻を亡くしたり、子どもが親を失ったり、親が子どもを失ったりと、さまざまなケースがあります。

夫、妻、どちらが先に死んだ場合でも、残されたほうがその後1年間に死ぬ死亡率は、夫婦が共に健在な場合に比べて2倍くらいになるといいます。

また一般に夫が先に死んだ場合、妻が抑うつ状態になるのは1年くらい。妻が先に死んだ場合は夫がうつ状態になるのは5年くらいというふうにいわれています。

夫が先に死んだ場合、妻の余命は長くなります。逆に、妻が先に死んだ場合、夫の余命は5年ほど縮まると言われています。

妻が先に亡くなると、夫は酒やたばこの量が増える

なぜ、こんなに差があるのか。夫の妻への依存の割合が高いからです。

多くの場合、65歳を過ぎたあたりから、夫にとっては妻だけが大きな心の支えになっていく。だからこそ妻のほうが先に死ぬと、夫はガタッとくる。ガタッときて、何に対しても、興味も持てなくなり、好奇心もなくなる。欲望もなくなるのです。

とりわけ死因の中では、心臓病が一番多い。なぜかというと、妻が先に亡くなると、酒やたばこの量が増えたり、甘い物を食べ過ぎたりなど、アディクション(依存性)の状態になりやすいからです。それが血液の凝固性を高めて、心筋梗塞が起きやすくなる。まさにブロークン・ハートです。

手にタバコ
写真=iStock.com/Rattankun Thongbun
※写真はイメージです

がんになった場合も同様で、がんになったら、最初の2カ月はガタガタッとくる。ガタガタッと心が壊れて急性のうつ状態になっていく。これも対象喪失です。自分の命はもう長くないんだ。そういう対象喪失状態に陥っていきます。

「対象喪失」というのはこのように、命を失う、健康を失う、妻を失う、大事な人を失う、といったように「大事な何かを失うという体験」そのものです。

中高年の人生の中核的な出来事です。この時、しっかりと悲しむことができるのが、「心の能力」の証しであり、またその後の人生に大きな影響をもたらすのです。