否定的な言葉は嫌われ、悪口は人を遠ざける。それが世の常のはずだ。だが、20世紀の文豪・カフカは愚痴ばかり言っていたのに、なぜか好かれた。その差はどこにあるのか――。
徹底したネガティブカフカの矛先は「自分」
カフカは周りから好かれていた――とてつもなくネガティブだったのに。私は、文学作品を紹介することを生業にしています。紹介する作家のなかでも私が人生のお手本にしているのは、フランツ・カフカです。『変身』で知られる20世紀文学の巨人ですが、その人物像は徹底してネガティブで、愚痴の多い人でした。普通、そういう人は周りから煙たがられます。ところがカフカは、なぜか多くの人に好かれていた。相反するはずのものが一人のなかに同居している――その不思議さに私はずっと惹かれてきました。
頭木弘樹(かしらぎ・ひろき) 文学紹介者。20歳で潰瘍性大腸炎を発症し、約13年間の闘病生活を送る。その間に支えとなったカフカの言葉を集めた『絶望名人カフカの人生論』がベストセラーに。ほかに『口の立つやつが勝つってことでいいのか』など著書多数。
たとえば、同僚たちが「俺たちは会社の歯車だ」と自嘲したとき、カフカは「歯車になれるなんてすごい。自分はとても歯車になれない」と返したと伝わっています。そして彼の感心ぶりは徹底していて、子供が走ってくるのを見れば「なんて見事に走るんだろう」、その子が転べば「なんて見事に転ぶんだろう」と言うほどでした。
彼が愚痴をこぼしても好かれたのは、その矛先が、常に自分自身に向いていたからです。カフカは自分のことはとことん責めますが、人のことは決して責めない。むしろ、自分にできないことができる相手に、いつも感心している。だから周りの人は、彼のそばにいると、自分のいいところを見つけてもらえたのです。つまり、好かれる愚痴と、嫌われる悪口を分けるものは、ネガティブな感情を自分に向けるか、他人に向けるか。その一点なのです。
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(構成=本誌編集部)


