72歳の阿川さんは、どこへ行っても「あ〜、楽しかった」と帰ってくる。でも若い頃は毎日怒鳴られ、「無能な頷き役」と揶揄されていた。つらさを笑い飛ばせるようになったのは、なぜなのか――。
阿川佐和子(あがわ・さわこ)
阿川佐和子(あがわ・さわこ)
エッセイスト、作家、インタビュアー。1953年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部西洋史学科卒業。「週刊文春」の対談連載「阿川佐和子のこの人に会いたい」を長年担当する。『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。2012年刊行の『聞く力』(文春新書)はミリオンセラーになった。近著に『年とる力』(文春新書)がある。

「いつも喜んでいなさい」その精神でなんとかなる

私自身が「機嫌がいい人」かと聞かれると、自分ではよくわかりません。ちょっとうまくいかないことがあると、すぐに「あー、もう嫌だ」とか「原稿が書けない」などとブツブツ言い出すし、わがままも言うし。私も72歳になりましたが、人間としてはまだまだ未熟だと思っております。

阿川 佐和子『年とる力』(文春新書)
阿川佐和子『年とる力』(文春新書)

ただ志としては、できるだけ機嫌よくありたいと思っていますし、負の感情が湧き上がりかけたら、自分にこう言い聞かせます。

「いつも喜んでいなさい」

これは新約聖書の「テサロニケの信徒への手紙 一」にある一節で、私の座右の銘でもあります。

この言葉に出合ったのは、キリスト教系の女子校に通っていた高校時代です。確か卒業アルバムを制作したときだったと思いますが、自分の座右の銘を書くように求められ、なにかいい言葉はないかと手元にあった聖書をパラパラとめくっていたら、こんな言葉が目に飛び込んできました。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」

絶えず祈れるほど信仰心が篤いわけではないし、どんなことにも感謝するのは難しそう。でも、いつも喜んでいることなら、自分にもできるんじゃないか。そんな気がしたのです。

そのときは、この言葉についてさほど深く考えたわけではありませんでした。それが30歳を目前にしてテレビの仕事を始め、現場で怒鳴られたり、失敗して落ち込んだりするうちに、ふとあの一節を思い出し、「いい言葉だな」と実感するようになりました。生きていれば、嫌なことや泣きたくなることや腹の立つことがしょっちゅうある。そんなときも「いつも喜んでいよう」という気持ちがあれば、なんとかなるんじゃないか。それからは、事あるごとにこの言葉を自分に言い聞かせ、できる限り機嫌よくいられるよう心がけています。

私はテレビや出版の世界で長く仕事を続けてきましたが、たくさんの人とお会いして思うのは、「機嫌がいい人の周りに、人は集まる」ということ。いつもにこやかにしていると、周囲も気持ちよく仕事ができるので、自然と人が寄ってくるものです。

「週刊文春」の対談連載で私の担当だった男性編集者は、「なんか機嫌のいい人」でした。“なんか”とつけたのは、口ではよく否定的なことを言うからです。「そんなのつまらない」「あんな人に会ってもしょうがないですよ」などと、結構きついことを言うのですが、なぜかいつも機嫌よく見えました。それは彼がいつもニコニコして、私のインタビューがうまくいかなかったときも、「大丈夫ですよ」と大らかに受け止めてくれたからです。だから口が悪いのに、一緒にいて安心できるし、むしろこちらが寄り添いたくなるような不思議な人でした。

(構成=塚田有香 撮影=門間新弥 ヘアメイク=田中舞子 スタイリング=中村抽里)