大切な人の死には、どう向き合えばいいのか。奈良県立医科大学附属病院の四宮敏章教授は「大切な人の死に直面できずに、亡くなってから後悔したり、必要な手続きをしていなかったりしたことで大変な思いをされた遺族も多く見てきた。悲しみがわいてきたら、その気持ちをごまかしてはいけない」という――。

※本稿は、四宮敏章『また、あちらで会いましょう』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

屋外の葬儀で泣く女性
写真=iStock.com/SeventyFour
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夫をがんで亡くした女性2人のケース

予期悲嘆という言葉があります。

悲嘆とは、大切な人を失ったときに起こる悲しみのことをいいます。悲嘆は、誰にでも起こり得る自然な感情です。予期悲嘆とは「大切な人が亡くなってしまうかもしれないと思ったときに生じるつらい気持ち」であり、これも自然な感情です。

しかし、そんな感情を患者さんの前では出してはいけないと思って、多くの人がつらい感情を押し殺そうとしたり、我慢したりしがちです。私たちは、この予期悲嘆に対してどのように対処すればよいのでしょうか。

ご主人をがんで亡くした2人の女性のケースで考えてみましょう。

おひとりは、60代の女性です。彼女のご主人はすい臓がんでした。患者さんは闘病されましたが、病状が進行し、積極的抗がん剤治療を中止した後、ホスピスに入院しました。

ある日彼女は、病室で患者さんが肺転移による呼吸困難の症状を訴える姿を見て、過換気発作を起こし、倒れてしまいました。その後、私は心療内科外来で、彼女の話を聞きました。

「夫がだんだん弱っていく。そんなつらそうな姿を見るのは耐えられない。私も、夫が亡くなった後、どう生きていいかわからない」。彼女はこのように、強い予期悲嘆を訴えました。

いざ亡くなったときにはあっさりしていた

病棟の看護師も、いつも彼女の訴えを長い時間をかけて聞いていました。しばらくしてご主人が亡くなったとき、病棟スタッフはみんな、彼女は夫の死を耐えられないだろうと心配していました。しかし、彼女はあっさりと「ありがとうございました」と帰っていきました。

その後、私の外来にも数カ月通いましたが、強い悲嘆の表出もなく、薬も必要なくなって、彼女のつらい気持ちに対する治療は終了となりました。

もうひとりは50代の女性で、彼女のご主人は肺がんの患者さんでした。患者さんは積極的抗がん治療の後、自宅での生活を希望し、在宅療養が始まりました。彼女も患者さんの希望をかなえてあげたいと思い、一生懸命介護しました。在宅医療のスタッフも頑張り、症状緩和の治療とケアを行いました。