父親の死
結婚から7年経った2014年。夫は以前と変わらず、家事を何もしない。機嫌が悪いと、怒鳴る。お金にうるさく、家計費を出すこともしぶる。それにもかかわらず、パチンコで浪費する。
そんな夫に41歳になった柴田真帆さん(仮名・50代・バツイチ)は辟易していた。夫が家にいるときは機嫌を損ねないよう言葉にも行動に細心の注意を払って生活していた結果、夕食時に大好きなビールを飲んでも全く酔えず、常に緊張状態。かといって、あからさまにビクビクしていても反感を買う。
「私は本能的に、“全然気にしていないふうを装いつつ細心の注意を払う”というテクニックを子どもの頃から身につけていました。しかしそれが、ある日突然できなくなりました。何がきっかけなのかわかりませんが、今までのようにソツなく振る舞えなくなったのです」
そんなときだった。近くの実家に住む72歳の母親から電話がかかってきた。「お父さんが倒れた!」という。
母親はその日、朝から病院に出かけていた。帰宅した母親は救急車を呼んだが、82歳の父親はすでに死亡。警察が呼ばれ、事情聴取が行われる。父親の死亡推定時刻は朝の9時ごろ。母親は警察に、「帰宅してすぐに救急車を呼んだ」と話していたが、柴田さんは「絶対に違う」と訝しんでいた。
帰宅したのは夕方だという母親だが、飼っていた2匹の犬を溺愛していた母親は食事を朝昼晩の3食与えていたのだ。そのため遅くとも昼すぎには帰宅し、そのとき父親に用意した朝食が手つかずだったことに気づいたはずだが、「犬たちに昼ご飯も与えずにまだ寝てるのか!」と激怒し、犬たちの昼ご飯を優先。夕方になり、さすがにおかしいと思い、2階の部屋を覗いたら、父親が倒れていた……というのが真実だろうと柴田さんは考えている。もっと早く異変に気付けば、父は命を落とさずにすんだかもしれない。
この日以降、柴田さんはもともと理解不能だった母親のことが、ますますわからなくなった。
自営業だった父親は、80歳まで働いていた。母は生前の父親に対して散々悪態をつき、冷たくし、邪険に扱ってきたのに、亡くなった途端、「あんなにいいお父さんはいない」「お父さんのおかげで夫婦仲が保ったんだ」と持ち上げ、ひどく落ち込み、ろくに食事も摂らなくなってしまう。
柴田さんが結婚した後も、母親は事あるごとに父親の悪口を吹き込んだ。「あんたが(結婚して)出ていってから、お父さんは旅行にも外食にも連れて行ってくれない」と言っていたため、柴田さんは夫の機嫌をとって時間を作り、母親を買い物やランチに連れて行っていた。ところが父親が亡くなった途端、手のひらを返したように、「日帰り温泉も1泊旅行もした。おいしいものも食べに連れて行ってくれた」と思い出話しを始めたのだ。
柴田さんは母親に対する不信感が深まるのを感じていた。