夫が52歳の時にリストラされ、47歳の妻は窮地を脱しようと貯金をはたいて起業し、洋品店とエステサロンを開店。61歳でくも膜下出血になったものの、つえをつけば歩けるまでに回復。ところが、夫はアルツハイマー型認知症に。夫を施設に入れようにも、自分も危ういため、決断できない。人生100年時代の「老老介護」のあまりにも厳しい現実を紹介しよう――。(前編/全2回)
脳内に発生した問題を示すイメージ
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この連載では、「シングル介護」の事例を紹介していく。「シングル介護」とは、主に未婚者や、配偶者と離婚や死別した人などが、兄弟姉妹がいるいないにかかわらず、介護を1人で担っているケースを指す。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。なぜそんな危機的状況が生まれるのか。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

紳士服のデザイナーだった夫

関東在住の華岡桜子さん(仮名・73歳・既婚)は現在、78歳の夫と50歳の長男と3人暮らしをしている。北海道出身の夫は商社に勤務し、紳士服のデザイナーをしていた。華岡さんが大学生の頃、よく行く飲食店で夫の同僚と仲良くなり、その後、同僚から紹介されたのが、5歳年上の夫だった。2人は26歳と21歳で結婚。約1年後に長男、その3年後に次男を出産。当時の男性の多くがそうであったように、華岡さんの夫も仕事が忙しく、子育てには協力的ではなかった。

大学卒業後、すぐに結婚した華岡さんは、次男が中学生になった頃から働きに出るようになり、40歳の頃からは夫が勤めている商社の系列会社で契約社員として働いていた。

長男は大学を出て配送関係の会社を立ち上げ、次男は高校を出て高圧ガスを取り扱う会社に就職。長男が小学校に入る頃に購入した分譲マンションで暮らしていた華岡さんファミリーは、十数年後、長男が24歳で結婚して家を出て行くと、いずれ長男と2世帯で暮らそうと、大きめの新居を購入。その頃、夫52歳、華岡さん47歳だった。

ところが、まもなく夫はリストラされてしまう。家を購入したばかりで、貯金は家を購入する頭金として使ってしまったうえに、住宅ローンがまだ3500万円も残っている。紳士服のデザイナーだった夫は、長年契約社員扱いだったため、退職金は正社員の3分の1以下の1000万円ほど。

この先、夫の転職先が決まるのはいつになるかわからないため、安定した収入が得られるようになるまでは、退職金は当面の生活費に充てる必要がある。どちらにしても、ローンはもう払っていくことができない。華岡さん夫婦が窮地に陥っていたところ、独立していた長男が小さいながらも立派な、駅近の中古一戸建てをプレゼントしてくれた。大きめの新居は売却せざるを得なかったが、これがのちに大変な重荷になってしまう。