操業を再開した気仙沼工場で、製品のカットソーに次々と仕上げのアイロン掛けをする。

操業を再開した気仙沼工場で、製品のカットソーに次々と仕上げのアイロン掛けをする。

イタバシニットが、気仙沼に工場を建てたのは1970年のことである。宮城県の誘致に応じて、「何といっても風光明媚だし、山よりは海に近いほうが便利で、海の幸もある」(吉田)と進出を決めた。吉田が27歳のときだ。

当時の社長は、父で創業者の吉田肇である。33年に東京都本所区で操業を始め、社名は戦後、板橋区で操業を再開したことに由来している。2代目社長は、兄の吉田秀。吉田は94年に3代目社長を引き継ぎ、今年春に68歳を迎えた。

遡ること38年前、吉田は気仙沼工場ができて3年目に、妻と幼い子供を連れて、現地に赴任する。長女が3歳、長男が1歳、その下の2人の子供は赴任後に生まれた。その気仙沼で、「2年の約束が15年を過ごす」ことになる。子供たちは中学・高校時代を気仙沼で送った。