「死んでいるのがわかる。でも死んでるって言えない」
3年前、12月のある朝――。
「実家を訪ねると、父が倒れていました。そして、あたり一面“血の海”だったんです」
その2日前の夜に父親から電話があったが、仕事で電話に出られなかったと話す、A子さん(50代)。あくる日に折り返し電話をかけたが、何度かけてもつながらない。そのためA子さんは、自宅から電車で30分程度の場所にある実家を訪ねた。すると一階で、父親がうつぶせに倒れていたという。居間と台所のふた部屋を仕切るガラス戸が割れ、あたりには大量の血とガラスの破片が飛び散っていた。
「目にした瞬間、“死んでる”ってわかりました。でも私は『父が倒れています』と、救急車を呼んだんです。なんででしょうね、死んでるって言ってはいけない気がして……。119番の電話では『お父さんを起こすことはできますか?』と聞かれたのですが、『起こせません』って答えました。うつぶせで、父の顔は見えませんでした。でも少し触れると冷たいし硬いし、死んでいるのがわかる。でも死んでるって言えない。私では運べない。搬送できない。そんな思いでいっぱいでした」
救急隊は到着するなり「これは……」と状況を察知し、すぐに「私たちは帰ります」と引き返した。代わりに警察が来て、A子さんへの事情聴取が始まった。
「1メートル四方の血だまり」を自分で掃除しようとしたが…
父親の頭がぱっくり割れており、警察は事件と事故の両面から調査を行ったという。
検死の結果、父親は起床してから心臓発作を起こし、倒れ込む時にガラス戸に頭をぶつけ、血まみれになったのではないかと結論づけられた。頭の傷が先か、心臓停止が先か議論になったそうだが、倒れる際には心臓が止まっていたのではないかと推察された。
「もし頭の傷が先だったら、あれほどまっすぐには倒れないんじゃないかと言われました」(A子さん)
A子さんの父親は、80代。8年前に妻が病で亡くなってから一人暮らしだった。ほかの子供たちは海外で暮らしていたため、主にはA子さんが時々実家を訪ねていた。A子さんによると、「父親はアルコール依存症だった」とのこと。特に55歳以降は「もうすぐ死ぬんだから好きなことをする」と言って仕事をやめて酒浸りに。暴言を吐いたり、飲み過ぎて中毒を起こして倒れては病院にかつぎこまれの繰り返し。
「だから正直に言って実家は大嫌いだった」とA子さん。
それでも、父親の遺体を見た時には衝撃だったのではないか? と私が聞くと、彼女は「はい」と、小さな声でうなずいた。「一生忘れられないです。警察が遺体をきれいにしてくれて顔を見せてくれたんですけど、やはり頭が割れていた姿はショックでした。帰ってから熱が出て、胸が苦しくて……」
遺体が運ばれた後、床に1メートル四方の血だまりが残った。A子さんは当初自分で掃除しようと考えた。