「正常な人」が物を捨てられなくなっていく
一般に価値のない物でも捨てるのに著しい苦痛を感じる「ためこみ症」という病気がある。
2013年、米国精神医学会がつくる精神疾患の国際的診断基準で定義された。ためこむ物は、雑誌や書籍、新聞、食料品、空き箱などさまざまで、将来の使用に備えて整理することができず、ゴミの山のように積み重なっていく状態だ。つまり、芸術品のようなものを収集する癖があっても、整理し、飾るなどして楽しんでいる人はためこみ症ではない。
九州大学病院精神科の中尾智博教授は、こう話す。
「ためこみ症の症状は大きく、①物を大量に集める、②整理整頓ができない(食べても置きっぱなし)、③物への執着が強くて捨てられないの3つです。中には物を捨てることは体の一部を取られるようだ、という人もいる。ゴミじゃないと否定する場合もあるでしょう」
周囲を見渡しても部屋が片付けられない人は、よく目にする。病気かそうでないかの境目は何か。それは「障害の程度」であるという。
「床面がちゃんと床として機能しているか。テーブルの上に物が山積みになっていないか。洗面台やお風呂も、使える状態になっているか。生活空間が機能せず、しかもそれが前述した3つの要素によってもたらされたものであれば“ためこみ症”と診断します」(中尾教授)
きちんとした職を持つ人でも「ゴミ屋敷」に住んでいる
病気の原因はよくわかっていないが、遺伝的な要因が大きいとされる。遺伝的なかかりやすさを持った人が、心理的にショックな経験をすると、発症リスクが高まるという。
「病気なのですが、ためこみに関係する、物の過剰な収集や整理整頓が苦手といった点を除けば、そのほかのコミュニケーションや仕事をする機能は保たれている。したがって周囲から気づかれにくい。教師や大手企業にお勤めのためこみ症の患者さんもいます」
そう、第2回で取り上げたケースもそうだったが、きちんとした職を持つ人がゴミ屋敷に住んでいるという例は少なくない。
こんなケースもあった。東京都内の一戸建てに住む50代の公務員男性。親と同居していたが、1年前に亡くなり、もともと片付けられない傾向のあった男性宅が、ゴミ屋敷となっていったという。