※本稿は、高江洲敦『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
ヤニで汚れた引き戸の先には…
築40年ほどの木造アパート、2階の一番奥の部屋。
家主から預かった鍵を挿し、ゆっくりとノブを回す。わずかに開いたドアの隙間から、新鮮な空気を求めて無数のハエが顔をかすめて飛んできた。
不快な羽音の群れをやりすごすと、そっとドアを閉め、手にしていた大粒の数珠を首に巻く。室内は、カビ臭く、湿り気を帯びて淀んだ空気、そして油の腐ったような不快な悪臭がたちこめている。
玄関の奥、タバコのヤニで茶色く汚れた磨りガラスの引き戸を開ける。その和室には万年床が敷かれ、この部屋の主が横たわっていた。ただし、体液と血液でできた、黒ぐろとした人型の染みとなって。
室内を見渡す。布団の足元にあるテレビの画面には、斬りつけられた際に飛び散ったであろう鮮血が、黒く乾いて点々とこびりついている。安物のカラーボックス、小型のツードアの冷蔵庫、ビールの空き缶が散乱するローテーブル、それらの間に、ところどころ広がる黒い血痕。
そして赤黒く汚れた布団からはみ出して、畳の上に上半身の形の染みがある。