孤独死や他殺などさまざまな事情で放置された遺体の現場を処理する「特殊清掃」という仕事がある。20年以上、特殊清掃の仕事を続けている高江洲敦氏は「強烈な死臭や大量の虫も今では意に介しません。ただ、数多くの現場を経験した今でも、どうしても慣れることができない作業があります」という――。
※本稿は、高江洲敦『事件現場清掃人 死と生を看取る者』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
ヤニで汚れた引き戸の先には…
築40年ほどの木造アパート、2階の一番奥の部屋。
家主から預かった鍵を挿し、ゆっくりとノブを回す。わずかに開いたドアの隙間から、新鮮な空気を求めて無数のハエが顔をかすめて飛んできた。
不快な羽音の群れをやりすごすと、そっとドアを閉め、手にしていた大粒の数珠を首に巻く。室内は、カビ臭く、湿り気を帯びて淀んだ空気、そして油の腐ったような不快な悪臭がたちこめている。
玄関の奥、タバコのヤニで茶色く汚れた磨りガラスの引き戸を開ける。その和室には万年床が敷かれ、この部屋の主が横たわっていた。ただし、体液と血液でできた、黒ぐろとした人型の染みとなって。
室内を見渡す。布団の足元にあるテレビの画面には、斬りつけられた際に飛び散ったであろう鮮血が、黒く乾いて点々とこびりついている。安物のカラーボックス、小型のツードアの冷蔵庫、ビールの空き缶が散乱するローテーブル、それらの間に、ところどころ広がる黒い血痕。
そして赤黒く汚れた布団からはみ出して、畳の上に上半身の形の染みがある。