事件の様子がありありと浮かぶ「清掃現場」

すでに遺体は警察によって搬出されているが、現場には死亡時の痕跡がほとんどそのまま残されていた。事件発生時の様子がありありと脳裏に浮かぶ。

この人型の染みを残した部屋の主は、就寝中に何者かに刺された。血が噴き出す傷口の痛みに耐えながら、助けを求めるため布団から這い出そうとして息絶えたのだろう。鍵が壊されていないこと、部屋が荒らされていないことから、顔見知りの人物が凶行に及んだのではないかと思われた。

床に散らばる大量のウジムシのサナギを避け、飛び回るハエを手で払いながら、持参した塩をひとつまみ、そして小瓶に入れた酒を数滴、床に垂らす。ここで孤独に亡くなった方に思いを馳せ、「お疲れさまでした」と一言つぶやいて――。

殺人事件、死亡事故、自殺、病死。

さまざまな理由で住民が亡くなり、遺体が発見されないまま相当期間放置されると、その部屋は凄惨をきわめた状況となることが少なくありません。私は、人の命が失われ、遺体搬送後に死の痕跡が色濃く残された現場を清掃し、再び人が住める状態にまで完全に復旧することを生業とする「事件現場清掃人」です。

物件を所有する家主から依頼を受け、一般の清掃業者では手に負えない、いわゆる特殊清掃の現場に日々立ち会っています。

人は死ぬと「腹が割れる」

人は亡くなると、夏なら死後1日から2日、冬でも数日で腐りはじめます。腐敗は胃や腸から始まり、体内で発生したガスによって遺体が膨張して、やがてグズグズに溶解した肉と皮を破ってガスとともに体液が噴出します。

私たちが「腹が割れる」と表現する現象です。目、鼻、口、肛門、体中の穴からも血液や体液が流れ出て、ゆっくりと床に染み込み、部屋の中には耐え難い腐敗臭が充満します。

シーツに黒々染みこんだ遺体跡。
撮影=高江洲敦
シーツに黒々染みこんだ遺体跡。

また、死臭を嗅ぎつけて集まったハエが遺体の粘膜部分に産卵し、孵った大量のウジムシや、ゴキブリ、ハサミムシなどが屍肉をついばみます。こうして遺体はやがて骨となっていきます。

私の仕事は、死者が残した痕跡を消し去り、亡くなった部屋を再び生活できる空間としてよみがえらせること。今日もどこかの部屋で誰かが亡くなっている、その後始末をするのが「事件現場清掃人」なのです。