その後、明治政府の下で近代化が進んでも、やはりお金に関しては、為政者は真正面から取り組まなかった。黙っていても金が入る自分たちには甘く、ヒエラルキーの下のほうにいる者には「お金の話をしたらいかんよ」というイメージを植えつけた。この誤った認識が、現代にも根強く残っています。

楊枝だってタダじゃない

「お金の話をしてはいけない」という悪しき風潮を変えるには、親が子どもに「真正面からお金に向き合いなさい」と教えて、使い方をきちんと叩き込むしかないんじゃないか。たとえば、うちの夫婦は年中出張だから、出かける前に小僧たちになけなしの金を渡していく。すると小僧たちは、4日間はつましいものを食べて、5日目に焼き肉に行くんだ。その4日はつらいわけじゃない。5日目に向けて、何を食べようかと発想を変えて楽しんでるわけ。

不景気が長く続くせいで、とにかくお金を貯めこもうとする人が多いけれど、お金を使わずには生きられない。出銭の額が変わらないなら、「使いたくないなあ」と嫌がるのではなく、「今日はこれだけ使えるのか。じゃあどう使おうか」と楽しんで向き合えば、使い方は大きく変わってくると思います。

老後の不安を抱えて、お金を貯め込んだまま死んでしまったらなんの意味もない。貯金通帳の数字は単なる数字。買い物をしたら当然残高は減る。それを怖がっていたら、死ぬまでお金に支配されてしまいますよ。

だから、特に若い世代には、「金に主導権を渡さず、自分で金をコントロールしろ」と言いたい。「怖いものは食え」の精神のもと、自分の意思で金を使えば、金がなくなる不安から自由になれるでしょう。武士は「武士は食わねど高楊枝」という精神論で不安を克服しようとしたけれど、結局、叶わなかった。楊枝だってタダじゃないんだからさ。

日本人にとってお金とは:金に気高い精神が武家社会を滅ぼした

作家 山本一力(やまもと・いちりき)
1948年、高知県生まれ。大手旅行会社、広告制作会社などを経て、97年に『蒼龍』で第77回オール讀物新人賞を受賞。2002年、『あかね空』で第126回直木賞を受賞。近著にニューヨークを舞台にした『サンライズ・サンセット』(双葉社)などがある。
(構成=須永貴子 撮影=市来朋久)
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