欠落した主人公をどう演出するか
企業の役員や幹部社員であれば、社内外でスピーチする機会も多いはず。しかし、スピーチで人の心を掴むのは難しく、密かに悩んでいる人も多いのではないか。そんなときに役立つのが、歴代の「演説の名手」のテクニックを取り入れることだ。
これまで私は、古今東西の政治家や経営者の演説を分析してきた。その中でも圧倒的にうまいなと思ったスピーカーの1人が大阪維新の会前代表の橋下徹さんだ。特に大阪府知事から転身し、大阪市長に当選した頃の演説はすごかった。彼の演説は、よい意味でも悪い意味でも、ビジネスリーダーにとって非常に参考になる内容だ。
そして、橋下さんの演説テクニックの中心軸をなすのが「ストーリーの黄金律」の活用である。人を感動させるスピーチや物語には普遍的な法則が存在し、私はそれをストーリーの黄金律と呼んでいる。人類共通の「感動のツボ」といい換えてもいい。
(1)何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公が、
(2)何としてもやりとげねばならない遠く険しい目標・ゴールを目指して、
(3)数多くの障害・葛藤・敵に立ち向かっていく
具体的なストーリーの黄金律は、(1)何かが欠落した、もしくは欠落させられた主人公が、(2)何としてもやりとげねばならない遠く険しい目標・ゴールを目指して、(3)数多くの障害・葛藤・敵に立ち向かっていく――という3つの要素から成る。
とりわけ重要なのが(1)だ。主人公が大切なものをなくしたりしている状況であることを最初に示すと、聴衆は感情移入しやすくなる。そこで彼らの心を鷲掴みにしてしまう。すると、後は自然に応援したくなってくるもの。特にその目標が達成困難なほど、応援にも熱が入る。『巨人の星』など人気のあるスポーツ漫画も、実はこのストーリーの黄金律を踏まえているのだ。
では、橋下さんの例を解析してみよう。2011年の大阪府知事・大阪市長のダブル選挙で、大阪府知事の職をなげうって、市長候補として出馬(1)。しかも、「大阪都構想」という壮大な政治目標を掲げ(2)、自民党や共産党といった既存政党をすべて敵に回して、選挙戦に臨んだ(3)。そのストーリーを選挙民に繰り返し訴えた結果、不利との事前予想を覆し、現職市長に23万票近い大差をつけて圧勝したわけだ。
最近では、小池百合子さんの7月の東京都知事選が好例だ。小池さんは衆議院議員の椅子を投げ捨て、本人いわく「崖から飛び降りる覚悟」で候補に名乗りを上げた(1)。そして「都政改革」という難題の公約を掲げ(2)、都議会与党の自民党都連が推す候補と真正面から対決した(3)。まさに、小池さんはストーリーの黄金律を踏まえた“ヒロイン”として都知事選に挑んだのだ。結果はご存じの通りである。