このストーリーの黄金律はビジネスの現場でも十分に応用が可能で、重要な(1)の自分のプロフィールや立場を表明する際には、「現在→過去→未来」の流れで考えるとよい。たとえば、不採算部門の立て直しの責任者として着任したら、最初の挨拶では次のように。

「私は自ら望んでこの職場に来ました。いまは不採算部門とはいえ、この職場はかつての花形部署で稼ぎ頭だったからです。皆さんには直面する課題と、その解決方法が見えているはずです。ただ、それを実行に移す機会がなかった。これから私がそのチャンスをつくります。一緒に改善・改革を行い、稼ぎ頭に返り咲きましょう」

どうだろう。けれんみなく、欠落した主人公を演出しつつ、聞き手の心を揺さぶってはいないだろうか。聞き手を感動させてやまないテクニックとして、ぜひ覚えておいてほしい。

3つ並べて生まれる心地よいリズム

橋下さんのスピーチのうまさは、スピーチの黄金律の活用だけにとどまらず、複数のテクニックを駆使している点にある。そして、それらをまとめたものが「橋下徹流・人を取り込むスピーチ術10カ条」だ。これらは他の名演説家が使っている手法も多く、もちろんビジネスでも転用ができる。

▼橋下徹流・人を取り込むスピーチ術10カ条 川上徹也著『独裁者の最強スピーチ術』より
(1)1人称を「僕」にして、無駄な敬語は省く
(2)「みなさ~ん」と何度も呼びかけ、連帯感をつくる
(3)3つ並べる
(4)サウンドバイトで心に噛みつく
(5)似た構文をリフレインしていく
(6)偽悪的に振る舞う
(7)聴衆によって言葉遣いや内容を変える
(8)実施する政策が歴史的大事業だと思わせる
(9)聴衆を自分たちの側に巻き込んでいく
(10)1度チャンスを与えてくださいとお願いする

まず、1カ条目が「1人称を『僕』にして、無駄な敬語は省く」だ。橋下さんは公的な場以外での演説では、自分のことを「私」ではなく、「僕」と呼ぶ。スピーチをありきたりな型にはめないためだ。そうすると、形式ばったいい回しをする政治家が多い中、聞き手に清新な印象を与えられる。あなたが顧客の式典に招待され、「本日はお日柄もよく」と切り出すようなら、その時点でスピーカーとして失格だ。

次が「『みなさ~ん』と何度も呼びかけ、連帯感をつくる」。その場の連帯感を強めるのは、聴衆の関心を集めるため。さらに橋下さんは、大阪市内での演説なら「船場のみなさ~ん」といった具合に、その土地の名前を加え、聴衆を引きつける工夫もしている。

そうした“ご当地ネタ”の演説の名手が、自民党の小泉進次郎衆議院議員だ。山梨県に行けば、「武田信玄は甲斐の虎でしたね。私は自民党の客寄せパンダです」と自虐ネタも絡めて、笑いを取る。支店回りの際の挨拶などで、参考にしてみたらどうだろう。

ご当地ネタの達人
小泉進次郎衆議院議員

「武田信玄は甲斐の虎でしたね。私は自民党の客寄せパンダです」

(共同通信イメージズ=写真)

 

3カ条目が「3つ並べる」だ。橋下さんは「ヒト・モノ・カネを大阪に集める」といったように、関連するワードを3つ並べる手法も好んで使う。「3」という数字は“マジックナンバー”で、言葉を3つ並べると、語呂がよくなって心地よいリズムが生まれ、聞き手の頭にすっと入る。吉野家の「うまい、やすい、はやい」のように、企業のキャッチフレーズでもよく使われており、その効果の大きさがわかる。

小泉進次郎さんの父で名スピーカーとして知られる小泉純一郎元首相も、この手法が得意だ。04年に自身の年金未納問題を国会で追及されたとき、「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」と発言したのを、いまでも覚えている人が多いだろう。

3つ並べる名手
小泉純一郎元首相

「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」

(共同通信イメージズ=写真)