孫正義は、なぜ日本を代表する経営者となりえたのか。どうして失敗を重ねながらも、最後には成功をつかみとることができるのか。その答えの鍵は「人たらし」にある!超一流ともいえる名ゼリフの数々を、関係者が証言する。

「あの新幹線の車内でのことは一生忘れられないでしょう。前日からの京セラとの交渉に疲れ果て、あの気丈な孫さんがポツリ、『今ならやめてもいいよ』と言ったのですから。孫さんとは数々の事業を通して30数年来のお付き合いがありますが、あんなに弱気な発言は、このときだけでした」

フォーバル会長の大久保秀夫は、1986年12月、京都での商談をこう回想する。

フォーバル会長 大久保秀夫氏

そもそも2人は互いの会社の課長の引き合わせで出会った。大久保31歳、孫28歳のときだった。数カ月後には、自由化された通信事業をビジネスチャンスととらえ、「日本の通信費用を安くするために何か立ち上げよう」と意気投合。以来1年余、毎晩のように互いの業務を終えると渋谷・道玄坂のファミリーレストランに集まり構想を練った。