「その晩は、魂を売ったという気持ちでいっぱいでした。『本当にこれでよかったと思う?』と孫さんに聞くと、彼は『みじめですね、大久保さん』とつぶやくだけでした」

こうして2人は意を決する。翌朝、稲盛の出社を待ち構えて契約の破棄を直談判したのだ。稲盛は激昂したものの、書類は返してくれた。

後に2人は日本テレコムと交渉し、ロイヤルティ契約を勝ち取り、利益を挙げることに成功する。その当時、孫は大久保にこう宣言した。「そのうち僕は、絶対に(通信キャリアの)胴元になるからね。大久保さん、待っててね」。

(敬称略)

【孫正義 激動のビジネス人生】
1957●8月11日 佐賀県鳥栖市に生まれる
1973●久留米大学附設高等学校に入学。秋に中退、翌年渡米
1978●一時帰国、共同開発した電子翻訳機の営業のため、シャープ中央研究所に佐々木正を訪ねる
1979●米国にてユニソン・ワールド社設立
1980●米カリフォルニア大学バークレー校経済学部卒業
1981●日本ソフトバンク設立→パソコンソフト流通事業の会社としてスタート
1982●パソコン雑誌『Oh! MZ』『Oh! PC』創刊↓出版事業に参入
1983●慢性肝炎で入院。以降3年半入退院を繰り返す
1986●大久保秀夫(当時、新日本工販社長)と共同開発した電話回線選択アダプター(LCR)「NCC・BOX」を京セラ稲盛和夫に売り込む
1990●社名をソフトバンクに変更
1994●ソフトバンクの株式を店頭公開
1995●米Yahoo! に出資
1996●Yahoo! JAPAN 設立→インターネット市場参入
1998●ソフトバンクの株式を東証1部へ上場
2001●Yahoo! BB 提供開始→ブロードバンド事業参入
2004●日本テレコム買収→固定通信事業に参入 福岡ダイエーホークス買収
2006●ボーダフォン日本法人買収→携帯電話事業に参入
2008●米アップルiPhone3Gを国内独占発売
2010●「ソフトバンク新30年ビジョン」発表後継者育成のため「ソフトバンクアカデミア」開校
2012●株式交換によるイー・アクセス買収を発表
2013●米スプリント・ネクステル・コーポレーション買収→米携帯電話市場に進出
フォーバル会長 大久保秀夫
2010年から現職。1954年、東京都生まれ。國學院大学法学部卒業。80年、25歳で電話機の販売と設置工事などを行う新日本工販を設立。88年、当時の最短記録となる創業8年2カ月で株式店頭公開を果たす。91年、社名を「フォーバル」に変更、中小企業向け情報通信コンサルティング業務を手がける。今年1月、東証2部に市場変更。ソフトバンクとはADSLなど、さまざまな事業で協力関係を保つ。著書に『THE 決断』がある。
(小倉和徳(孫正義氏)、遠藤素子=撮影)
【関連記事】
孫正義から恩人へ「すべては先生との出会いから始まりました」
相手の心に刺さる言葉はどう選ぶか
孫正義の参謀が見た「日本ケータイ三国志」の真実
孫正義は『孫子』から何を学んだのか
孫正義「もしも、人生最大の危機が襲ってきたら」