きっかけは飲み会での鉄板トーク
もうひとつの出会いが、堀内倫子さんという集英社の女性編集者です。彼女との出会いで、37歳のときに出した『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)が暗黒期を抜けるきっかけになりました。
それまでぼくが書いていたのは、自分が興味のあるテーマだけ。関心が向かないテーマは依頼されても断っていたので、仕事の幅がとても狭かった。
それでも堀内さんは「あなたは才能があるから、いろんなことに挑戦しなさい」と尻をたたいてくれたんです。
『ワセダ三畳青春記』は、ぼくが住んでいたボロアパートに暮らす隣人たちとのエピソードをまとめた作品です。
もともとは飲み会で必ずウケる鉄板ネタでした。堀内さんは「これを書かないでどうするの!」と会うたびに言うんです。単なる酒の席の与太話だったので書く気はなかったのですが、堀内さんのしつこさに根負けしてしまって。
いざ2人で進めると、彼女の編集者ぶりは徹底していました。書き上げた原稿を渡したら、次の打ち合わせの時に鉛筆で真っ黒になってかえってくる。〈ここをもっと強調〉〈ここは会話で〉〈ここはカット〉と細かい指摘が入っていて。時には、彼女の書いた文章が入り込み、自分の原稿とは思えないほど変わっていたこともありました。
第1回「酒飲み書店員大賞」受賞
堀内さんには「高野さん、あなたの原稿を芝居にたとえると演技が小さい。小劇場の演技ではなく、武道館でやるくらいの大きな演技をしないと多くの読者に届かない」と言われました。「いや、俺がやっているのは演技じゃないんだ」と納得はできず、腹が立ってしまって。
最初はずっと会うたびにケンカ。打ち合わせのたび、喫茶店で2、3時間口論して、疲れ果てて飲みに行って、また飲み屋で終電まで衝突の繰り返し。
そんなやり取りをしているうちに、彼女の指摘が少しずつわかってきた。またたとえ話になりますが、野球でいうと、当時のぼくは得意コースがくればホームランを打てましたが、それ以外はすべて見逃し三振。それが彼女のおかげで、見せ方とか技術的な面を強く意識するようなったことでヒットゾーン、つまり書けることの幅が広がったんです。
といっても『ワセダ三畳青春記』も発売当初はまったく売れなかった。でも、発売から3年後に酒好きの書店員さんたちが選ぶ第1回「酒飲み書店員大賞」を受賞して売れはじめた。それがちょうど40歳のときです。ありがたいことに、ここから私の他の本を読む読者も増えていきました。
