【連載 私の30代 第7回】30代は「正解なき決断」の連続だ。世界の辺境を旅して40年というノンフィクション作家の高野秀行さん(60)の30代は、深い悩みの中にあった。渾身の取材をしても本が一向に売れないのだ。そんな「暗黒期」を脱するヒントは、意外にも暗黒期の中にあった。ノンフィクションライターの山川徹さんが聞いた――。
30代の「何物でもなかった」時代を語る高野秀行さん。
撮影=西田香織
30代の「何物でもなかった」時代を語る高野秀行さん。

学生時代にコンゴの怪獣・ムベンベの探検記でデビュー

暗黒時代、暗黒期――。

ノンフィクション作家の高野秀行さん(59)は、30代を振り返った際に何度もそう繰り返した。

高野さんは、早稲田大学探検部時代の著作でデビュー。以来、ミャンマーの麻薬地帯で暮らす、エチオピアにいる酒を主食とする人々と飲み交わす、イラクの反政府勢力が潜む巨大湿地帯を探検……など、各地の辺境を旅したユーモラスなノンフィクションを出し続けている。

2013年に刊行した『謎の独立国家ソマリランド』は講談社ノンフィクション賞と梅棹忠夫・山と探検文学賞をダブル受賞。TBS系の紀行バラエティ番組「クレイジージャーニー」にもたびたび出演している。今年には、国立民族学博物館(みんぱく、大阪府吹田市)の特別客員教授に就任している。

文化人類学的な視点を持ちつつ、誰にもできない“クレイジー”な探検を続ける「唯一無二の作家」。そんな高野さんは今でも30代を思い出しては身を引き締めるという。

【高野】暗黒時代……。ぼくの30代は、その一言に尽きます。大学を卒業して、ノンフィクション作家として順調なスタートを切れたはずだった。20代がめちゃくちゃ充実していたのでなおさら30代の闇が深かった。

早稲田大学探検部時代は、コンゴ奥地の湖に生息すると言われる謎の怪獣探しに夢中になりました。1989年にその記録である『幻の怪獣・ムベンベを追え』(のちに『幻獣ムベンベを追え!』と改題、集英社文庫)を刊行すると、話題になって、それなりに注目されたんです。

アヘンを栽培する村で生活

大学には7年間在籍し、その間にはムベンベの他、アマゾン川を河口から源流まで遡るという旅行記を出版できたし、卒業後はタイ国立チェンマイ大学に日本語教師の職を得たので、そこを拠点にしてミャンマーや中国を旅したりしていました。まだ30歳前なのに、60年分生きたような錯覚を覚えるほどの充実感、満足感を味わっていたんです。

状況が一転したのが、30代になってから。

ありがたいことに、今でもたくさんの人が読んでくれている『ビルマ・アヘン王国潜入記』(現在は「アヘン王国潜入記」に改題、集英社文庫)は32歳で出しましたし、『西南シルクロードは密林に消える』(講談社文庫)は37歳のときに刊行しました。どちらも渾身の取材を行った自信作です。だけど、それらの本が毎回初版止まりでまったく売れない。

当時を振り返り、少し口が重くなる様子の高野さん。
撮影=西田香織
当時を振り返り、少し口が重くなる様子の高野さん。

とくに、『ビルマ・アヘン王国潜入記』では、ミャンマー北部にある反政府ゲリラが支配する麻薬地帯に単身7カ月潜入したんです。そこで暮らす少数民族の暮らしを知るため、アヘンとはどんなものか、身をもって体験までしました。

ちなみに、アヘン中毒になると欲求がすべて消え、現状に不満がなくなります。すべての執着がスーッとなくなります。効果が切れるとガクンと憂鬱になり、ネガティブな感情におそわれて、またアヘンを吸う……。もちろん今は中毒ではないです。なかなか克服するのは大変でしたが。