伝承の過程でカミが怨霊に変わるケースがある
かつて、伊豆の島々における圧倒的な夜の闇の恐怖の中で、旧暦1月には、海のかなたからカミが訪れるとして、厳重な物忌をしてこれを迎え祀りました。神津島の「二十五日様」や伊豆大島の「日忌み様」などがその代表です。
もともとは、旧家の当主や神職のような島での中心的立場にいる人たちがこのカミを迎え、一般の島民は一切の外出を禁じられて家に籠もるという、厳格な祭祀が行われていました。
しかし、時代が下るにつれて旧家や神職の家系が絶えるなどし、「カミを迎える」という行事の本来の趣旨や文脈が語り継がれなくなっていきました。すると、伝承の核心であったカミという1番重要なピースが抜け落ちてしまったのです。
カミという中心的なピースを失った島民たちの脳には、「特定の夜に海から何かがやってくる」「その姿を見てはならない」という恐怖のルール(枠組み)だけが強く残りました。
そして、そのルールを後から説明するために、海で無念の死を遂げた者の怨霊「海難法師」という、怖ろしい物語が創出され、パッチワークのようにはめ込まれていったのです。こうして、かつてのカミは、最初の文化進化によって怨霊へと姿を変えることになりました。
商業メディアが「妖怪」のキャラクターを生んだ
本来、島内においては「見たら死ぬ、あるいは発狂する」という厳重な禁忌(タブー)があったため、海の向こうからやって来るものの具体的な姿が絵画などで描かれることは一切ありませんでした。しかし、島内の伝承が島の外へと漏れ出したとき、近代の商業メディアがそれをキャッチします。
1990年代の人気漫画『地獄先生ぬ〜べ〜』(真倉翔原作・岡野剛作画集英社)に、おぞましい怪物のデザインをまとった「海難法師」として登場することで、その姿が可視化されました。
また、水木しげるさんも『決定版日本妖怪大全―妖怪・あの世・神様』(小学館)などで独自の「海難法師」を描くなど、外部の人間による「キャラクター化」が急速に進行していきました。
厳しい物忌みを伴うカミ迎えの文脈から切り離された海難法師が、漫画というエンタメメディアに乗ることで、現代人の脳に最も刺さりやすい「妖怪」へと変化したのです。
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