民話で登場する数字には「三」が圧倒的に多い
その最適化のプロセスは、「数」に関して最も顕著に現れます。日本の民間伝承(民俗学が研究対象にする伝承のこと)を振り返ると、「恐怖」や「試練」に関する物語には、不思議なほど「三」という数字が頻繁に登場することに気づきます。日本の代表的な民話である「三枚のお札」がその筆頭です。
なぜ「二」でも「四」でもなく「三」なのでしょうか。
実は、物語における「三」の重要性は古くから民俗学の研究で指摘されています。
デンマークの民俗学者アクセル・オルリックは、ヨーロッパを中心とした民話を分析する中で、そこに「三の法則(The Law of Three)」という強力なルールが働いていることを発見しました。
オルリックによれば、民話において「三」は、登場する人間や事物の最大数を規定するだけでなく、物語の緊張感を高めるための「反復」の回数としても圧倒的な頻度で用いられます。
たとえば、英雄が3日連続で巨人を倒したり、3人の兄弟が登場したりするように、民話における「三」はただの数字ではなく、物語の構造そのものを決定づける法則として機能しているというのです(Axel Olrik,“Epic Laws of Folk Narrative”, in The Study of Folklore, ed. Alan Dundes)。
「三」は人間の記憶に最適な数字
こうした、古くから民間伝承の世界を支配してきた「三の法則」の背景には、物語を語り継ぐ人間の脳のメカニズムが深く関わっていると考えられます。
心理学者のフレデリック・C・バートレットは、記憶とは単に情報を保存するだけのものではなく、人が持つ文化的な知識枠組み(スキーマ)に基づいて無意識に再構成されるものであることを実験によって明らかにしました(Frederic Charles Bartlett,“Some Experience on the Reproduction of Folk Stories”, in The Study of Folklore, ed. Alan Dundes)。
私たちは、情報をそのままの形で保持するのではなく、自分にとって扱いやすいように無意識のうちに整形して記憶しているのです。
この「情報の淘汰」の仕組みを民俗学の視点から裏づけるのが、エストニアの民俗学者、ヴァルター・アンデルセンが指摘した「自己修正の法則(The Law of Self-Correction)」 です(Walter Anderson,“ Kaiser und Abt: die Geschichte eines Schwanks”, FFCommunications 42)。アンデルセンは、不完全な記憶を持つ語り手たちが伝承をくり返す過程で、物語から些末な誤りや逸脱が削ぎ落とされ、より安定した構造へと自らを修正していくプロセスを解明しました。
どれほど優れた語り手であっても、エピソードが4つ、5つと積み重なれば、口頭伝承の過程でプロットの結びつき、因果関係は綻ほころびてしまいます。
人間にとって「三」は、物語の因果を保持しつつ、記憶の負荷を最小限に抑えるのに最適な数なのです。人びとの脳の集積としての社会という巨大なフィルターを通過した結果、物語に登場する数は必然的に「三」という最小かつ最強の単位へと落ち着いたといえるでしょう。
この「三への収斂バイアス」は、古い民話の世界だけのものではありません。戦後に都市伝説として日本中を震撼させた「口裂け女」の噂にも、全く同じ現象が見られます(野村純一『世間話と怪異』野村純一著作集7 清文堂出版)。

