「1%の不気味な違和感」が注意をひく

江戸時代の「幽霊」のビジュアルが、現代の私たちにとってもなお強く刺さり続けている理由も、まさにここにあります。「幽霊」は、全く未知の宇宙人のような異形の姿をしているわけではありません。見た目は、私たちがよく知っている「普通の人間」の姿をしています。

しかし、円山応挙が描いたように「足がない」、あるいは鶴屋南北の怪談狂言に見られるように「身体が逆さま」であるという、ほんの一部分だけ、この世の物理法則や日常のルールを裏切る要素をまとっています。

人間とほとんど同じでありながら、決定的に1箇所(あるいは2箇所)だけ何かが違う。「99パーセントの日常」に追加された「1パーセントの不気味な違和感」こそが、人間の脳の注意を最大級に引きつけ、怪談を今日まで語り継がせる強力な原動力となっているのです。

文化進化の研究者であるアラ・ノレンザヤンらは、この理論を証明するため、グリム兄弟が収集した200編の民話を対象に、現代における「人気の格差」を大規模に分析しました。

その結果、何百年もの歴史を生き残り、現代でも世界中で愛されている有名な物語(「シンデレラ」や「白雪姫」など)は、魔法や奇跡といった反直観的な要素が、1つの物語の中にわずか「2〜3個」程度に抑えられているものであることを見出しました。

グリム童話「白雪姫と七人の小人」
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「ちょうどいい不思議さ」こそが生き残る鍵

反直観的な要素が全く存在しない退屈な現実話や、逆に要素が多すぎてお腹いっぱいになってしまう奇想天外すぎる話は、いずれも不人気となり、歴史のかなたに消え去っていったのです。恐怖の物語の歴史とは、脳にとって「ちょうどいい不思議さ」だけが淘汰されずに生き残る、シビアな生存競争の歴史でもあったことがわかります(Ara Norenzayan, Scott Atran, Jason Faulkner, and Mark Schaller,“Memory and Mystery: TheCultural Selection of Minimally Counterintuitive Narratives”. Cognitive Science 30, no. 3)。

ここまで、人間の脳が持つ「コピーミスの性質」や「覚えやすさの限界(三の法則、最小反直観性)」といった個別のメカニズムを見てきました。では、こうしたバイアスが連動し、さらに時代ごとの「メディアの移行」と掛け合わされたとき、伝承は一体どれほどの変化を遂げるのでしょうか。

そのダイナミックな文化進化の一端を見せてくれる、伊豆諸島の事例を紹介しましょう。以下は、関西学院大学で私のゼミ生であった辻涼香さんの優れた卒業論文「『物忌』のゆくえ―伊豆諸島における来訪神伝承の消長」(指導教員 島村恭則)に基づいています。