なぜ日本人は、自然を「カミ」として祀るのか。関西学院大学社会学部の島村恭則教授は「カミは人知を超えた自然と対話するために生まれた生活の知恵であり、自然をコントロールしようとする人間中心の発想とは全く異なる」という――。

※本稿は、島村恭則『恐怖の民俗学』(SB新書)の一部を再編集したものです。

日本中にいるはずの「妖怪」が存在しない島

日本文化において、「恐怖」を代表する存在として広く知られているものの1つが「妖怪」です。私たちは、「カッパ」とか「一つ目小僧」といった「妖怪」の話を小さい頃から見聞きしてきました。

「妖怪」とは何かについては、後の章で触れますが、簡単にいうと、日常の秩序からはみ出す自然の脅威を「怪しい」「異常だ」と人間優位の立場でジャッジし、命名・分類したもののことです。つまり、そこには対象を自分たちの都合に合わせて値踏みするような、人間の「上から目線」が潜んでいます。

さて、この「妖怪」については、いろいろな種類のものが紹介されています。本屋さんに行けば、「妖怪」ばかりを集めた「妖怪事典」が何種類も売られていますが、それを見ると、「妖怪」は、日本中にいるらしいことがわかります。このことは、私たちが「恐怖」について考えるにあたり、「妖怪」ははずせない存在であるということを意味しています。

三つ目婆とその孫一つ目小僧
「妖怪」の伝承は日本各地に存在している(画像=Kiyoweap/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

ところが、恐怖の「代表」であり、日本中どこにでもいるはずの「妖怪」が、なぜか存在しない、もしくはその影が薄い場所がこの日本にあるのです。それは、沖縄県の宮古島です。

沖縄本島と隔てられた独特の自然文化

宮古島は、那覇とか首里のある沖縄本島から南西に約300キロの海原を隔てたところにあります。飛行機だと那覇から約1時間です。現在の人口は、約55000人。車で3~4時間もあれば、島を一周できるくらいの小さな離島です。

この宮古島は、日本列島の中でも独自の文化を育んできた場所です。大規模な都市化や急激な社会変動を経験してきた本土や沖縄本島と比べて、どちらかというと古い素朴な文化が残っているといってもよいような雰囲気の島です。

その背景には、島の人びとが長きにわたって、大地や海とともに生きる第1次産業を生活の基盤としてきた歴史があります。

高度な都市文明や科学的合理主義が浸透する以前の、自然と人間が密接に関わり合う素朴で力強い文化体系が、ここでは途切れることなく現代へと継承されてきたといえるのです。そのため、民俗学の領域において、宮古島はしばしば日本列島、あるいはアジアの文化の深層を探るための重要なフィールドと目されてきました。