社内アンケートが示した“意外な活路”
しかし、何度も同じように問われたことで、多田さんのスイッチが入る。
「すごく責められて。それで僕も、ああ、僕は社長になったんだなって。ありがたい、厳しい言葉でした」
そんな苦しい日々の中で、メインバンクである商工中金から、思いがけない提案が持ち込まれる。
「『幸せデザインサーベイ』というのをやってみませんか」
社員満足度を調査するアンケートだという。「社員の幸福度は売上に相関関係があります。だから、まずは従業員を幸せにしましょう」そう聞かされたとき、多田さんはとまどった。超赤字のこの状況下で、従業員を幸せにする? 一体どうやって!
それでも、多田さんはサーベイをやってみることに決めた。「従業員を幸せにする」前に、まず「現時点での従業員の状況を把握したい」と思ったからだ。2021年10月、ダイヤとして初めての社員満足度調査が実施された。
結果は意外なものだった。販売、製造とも、ほぼ業界平均の点数だったが、ひとつだけ平均線を大きく突き抜けて高い項目があった。「地域との関係性」だ。
地域を大切にする。自分たちは地域の会社である。そんな自己認識を、ダイヤの従業員たちは平均以上に強く持っていたのだ。
なぜか。
多田さんには思い当たる節があった。
地元の小学生が工場に
ダイヤの工場には、毎年大阪市内の小学校から子供たちが見学にやってくる。長く続く習慣だ。祖父の代から始まり、40年以上前にはすでに定例になっていた。近代化に伴い、衛生面の問題で見学を断るベーカリーが増えるなか、ダイヤはコロナ禍も止めなかった。
「工場見学に一緒に回ったときに、従業員のみんなが、ちょっと嬉しそうなんですよ。普段はお客様と直接接する機会のない工場メンバーも、子供たちから『ありがとうございました』『すごい』って言われて嬉しそうで」
また、2020年4月からは、大阪府の小学3年生が使う社会科の副教材『私たちの大阪』に、パン製造業の代表事例としてダイヤが掲載されるようにもなっている。それを子どもに自慢している従業員もいる。
「地域との関係性」が突出していた背景には、こうした積み重ねがあったのだ。
この先、店舗を増やして全国展開を目指すべきか、それとも別の道があるか。業績の悪化とは別に、多田さんが密かに抱えていた悩みに、数字は後者を指し示していた。
地域に深く根を張る「大阪のパン屋さん」になる。それが、従業員の幸せにつながる道筋ではないか――。
そう考えたとき、かねてから感じていた違和感が頭をもたげたという。
ダイヤの経営するベーカリー「クックハウス」は、大阪で80年経営を続けているにもかかわらず、「大阪のパン屋」として認識されていない。従業員自身も、「自分たちは大阪のパン屋だ」という自負が薄かった。
この構造を、変えなければならない。翌2022年、多田さんは初めての中期経営計画に、ひとつの理念を書き込んだ。「パンdeしあわせ」。パンをつくる人も、売る人も、買う人も、食べる人も、みんな幸せに――。そして、理念を実体に変えるための改革が動き出した。その施策の1つが前編に登場した「おかんパン」だった。
ただ、ダイヤの組織が変わり始めたのは、これよりずっと前のことだ。実際は、もっと早くから改革はスタートしていた。


