摩擦は消えない。でも「話し合う時間」はできる
8時、家族がそれぞれ家を出る。ロボットは、2階に住む祖母(78歳、軽度認知症)の朝食を運ぶ。祖母は「今日は何曜日だっけ?」と5回目の同じ質問をする。ロボットは正確に答えるが、それで祖母の不安が解消されるわけではない。祖母が本当に必要としているのは、答えではなく、誰かが横にいることだからだ。
夜、家族の食卓。父親は今日の上司との衝突について話す。母親は長男の進路について悩みを打ち明ける。長男は珍しくスマホを置いて、両親の会話に加わる。家族の食卓には、まだ未解決の問題が山積みだ。夫婦の摩擦、子供の反抗期、祖母の認知症の進行――それらは、ロボットが入っても消えない。
しかし、決定的に変わったことがある。家族が、家族として向き合う時間を取り戻したのだ。皿洗い、洗濯、買い物、ゴミ出し――これらをロボットが担うことで、家族は、家族の問題を話し合う時間を取り戻した。摩擦も葛藤もすべて含めて、家族が家族であるための時間を取り戻したのだ。
これが、2035年の日本の家庭の、リアルな姿である。
家族と向き合う時間を取り戻せ
本書で私が描いた未来は、ロボットが家族の代わりになる世界ではない。
ロボットが家事を担うことで、家族が、もう一度、家族として向き合える時間を取り戻す世界である。摩擦も葛藤も含めて、家族の問題を家族で解決できる時間を取り戻すこと――これが『フィジカルAIの衝撃』が家庭にもたらす本当の価値だ。
共働きの夫婦が、家事に追われずに、夫婦の会話を取り戻せる。介護を担う子世代が、親の身体的世話に追われずに、親との時間を取り戻せる。一人暮らしの高齢者が、買い物や洗濯の不安なく、人とのつながりを取り戻せる。
人生は、ロボットが入っても楽にならない。夫婦の摩擦は消えない。子供の反抗期は来る。親の介護は終わらない。しかし、それらに向き合う時間は取り戻せる。本書で論じた「人間が人間にしかできない仕事に集中できる環境」とは、まさにこのことだ。
そして、極めて逆説的な未来がここにある。家庭が完全に最適化された機械に囲まれるからこそ、傷つきやすく非合理的な「生身の他者」と交わす生の言葉の価値が、極限まで高まる――これが、高度に技術化された2035年の日本社会における、人間回帰の姿である。
2035年――あなたの家のリビングで、ロボットが洗濯物を畳んでいるかもしれない。しかし、そのとき、あなたが子供と交わす会話、配偶者と分かち合う食卓の葛藤、年老いた親に向ける優しい眼差し――これらはすべて、あなた自身のものである。
家事をするロボットは、いつ来るのか。答えは、もうそこまで来ている。だが、本当に問うべきは、「そのとき、あなたは家族と何をするのか」である。
私が『フィジカルAIの衝撃』で描いた未来は、すでに始まっている。


