「人間しかできないこと」に集中できるようになる

第3に、責任。

子供が事故に遭ったとき、配偶者が病気になったとき、親が認知症になったとき――最終的な責任を引き受けるのは、家族である。ロボットは決定を支援できるが、責任を引き受けることはできない。

第4に、愛情。

「あなたを愛している」と言葉でロボットが伝えることは技術的に可能だ。しかし、それが愛情として相手に届くかは別の問題である。愛情とは、相手と過ごした時間、共有した記憶、無条件の受容――これらの総体である。ロボットがどれだけ高性能になっても、人間が人間に向ける愛情を代替することはできない。

第5に、意思決定。

家族の進路、住む場所、お金の使い方、人生の選択――これらは家族が話し合って決める。ロボットは情報を提供できても、最終的な意思決定は人間に残る。

本書で論じた中核命題が、ここに結晶する。フィジカルAIは「人間を置き換える」のではない。「人間が人間にしかできない仕事に集中できる環境を作る」――これがフィジカルAIの真の意味なのだ。

老婆の手を握るロボットの手
写真=iStock.com/aerogondo
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10年後、もし家にロボットがいたら

2035年、東京近郊の共働き家庭の朝を想像してほしい。理想化された未来予想図ではない。リアルな日常の話である。

午前6時30分、母親(42歳、IT企業勤務)はまだ寝ている。前夜、子供の中間試験対策につき合って深夜まで起きていたからだ。一方、人型ロボットは静かに動き出している。乾燥機から洗濯物を取り出して畳み、家族のクローゼットに分類して運ぶ。玄関のゴミを集荷場所に出す。

7時、父親(45歳、金融機関勤務)が起きてくる。彼は前日、上司との対立で疲労が極限に達している。キッチンには、ロボットが用意したコーヒーがある。父親は無言でカップを手に取る。

7時15分、中学3年生の長男が起きてくる。スマホを片手に、ヘッドフォンを耳から外さない。父親が「おはよう」と声をかけても、生返事だけ。反抗期である。ロボットは、長男の朝食(昨夜のうちに長男がアプリで指定したメニュー)をテーブルに並べる。

7時30分、母親が起きてくる。「ごめん、寝坊した」。父親は「子供のことばかりで、自分の体調を考えてない」と短く言う。母親の表情が一瞬曇る。小さな夫婦の摩擦である。ロボットは、その間も淡々と食卓のセッティングを続ける。