先陣を切るのは日本発スタートアップ
注目してほしいのは、これら5つの共通点である。「身体能力」ではなく「移動能力」が問われている。重量物を持ち上げる怪力ではなく、家の中を安全に移動し、対象を運ぶ能力――ここが、本書で示した「身体層の入口」、すなわち家庭フィジカルAIの最初の戦場である。
実は、これは介護現場でも同じ構造である。介護ヒューマノイド「Ena」(東京拠点のスタートアップEnactic社)が最初に担うのも、洗濯、下膳、備品補充、配膳補助――いずれも「移動能力」の仕事だ。家庭と介護は、本書の構造命題で見事に接続する。
そして、このEnacticは、世界のフィジカルAI研究を支えるオープンソースプラットフォーム「OpenArm」も提供している。双腕一式6500ドル(直販5000ドル)という破格の価格で、世界中の大学・研究機関にフィジカルAI研究のインフラを民主化しているのだ。日本発のスタートアップが、世界のフィジカルAI開発の底上げを担っている――これも、本書で論じた「日本のフィジカルAI構造的優位」のひとつの現れである。
共感だけは、ロボットに渡せない
しかし、本稿で読者の皆様にもっとも伝えたいのは、こちらだ。
フィジカルAIが家庭にどれだけ入っても、最後まで人間にしか担えない仕事がある。本書で私は、フィジカルAIの究極の意義を「人間が人間にしかできない仕事に集中できる環境を作ること」だと論じた。その「人間にしかできない仕事」とは、家庭において具体的に何か。
私はその5つを、こう考える。
第1に、共感。
子供が学校で嫌なことがあって泣いている。配偶者が仕事で落ち込んで帰ってきた。年老いた親が昔の話を繰り返す。こうした瞬間に、ロボットは「分かったふり」はできても、本当の意味で共感はできない。共感とは、相手の人生を自分の人生として感じる能力だからだ。
第2に、教育。
子供に何を教え、何を諭し、どんな価値観を伝えるか――これは家族の根本的な意思決定である。ロボットは正確な情報を提供できても、「どう生きるか」を子供に伝えることはできない。

