「レゴ」と「猫」という最大の難関

だからこそ、家事ロボットは突然やって来ない。本書で論じたように、フィジカルAIは明確な順序で社会に浸透する。

工場→物流→介護→医療→家庭

なぜ、この順序なのか。答えは2つの鉄則にある。ROI(投資対効果)と安全性である。

工場には、24時間稼働する明確な需要がある。物流倉庫には、人手不足を埋める切迫したROIがある。介護施設には、人手不足25万人という社会的圧力がある。経済合理性と社会的必然性が、フィジカルAIを工場・物流・介護に先に向かわせる。

そして、家庭は最後である。なぜなら、家庭こそが最も難しい現場だからだ。

考えてみてほしい。工場は環境が固定されている。同じ動作の繰り返しが許される。物流倉庫も、運搬対象が箱に統一されている。介護施設も、業務フローが標準化されている。

しかし、家庭は違う。子供がいる。ペットがいる。家具配置が頻繁に変わる。床にレゴが散らかっている。階段がある。猫が突然飛び出してくる。子供が泣いている。――フィジカルAIが直面する制約条件が、家庭では工場の10倍も20倍も多い。

レゴ
写真=iStock.com/mgstudyo
※写真はイメージです

幼児やペット、家具の損害リスクも…

CES 2026で実演されたSwitchBot onero H1のデモは、この現実を象徴している。ソファーから1枚の衣服を認識し、掴み、洗濯機へ投入する一連の動作に「まる2分」を要したと報じられた。家事代行として実用的な速度を達成するには、さらなる半導体の省電力・高速化、そして視覚と行動を統合したAIモデル(VLA:Vision-Language-Action)の最適化が不可欠である。

テスラOptimusのコスト構造も、家庭普及の壁を物語る。Gen 3の推定製造コストは1台5万~10万ドル、うち精密マニピュレーションを担う「Gen 3ハンド」だけで3万~8万ドルを占めると業界では試算されている。この極めて高価な精密機械が、家庭内での小さな段差や敷居で転倒した場合、機体破損だけでなく、近くにいる幼児やペット、高価な家具への物理的責任リスクが発生する。安全基準の認証や法規制をクリアすることは、工場内導入よりも遥かに困難である。