味覚の変化と市場の拡大で「寿司の王様」

そもそも、マグロが寿司ネタとして高い評価を得るようになったのは、歴史と技術の積み重ねによるものです。

江戸時代、冷蔵技術がなかった頃の江戸前寿司では、マグロは現在ほど一般的なネタではありませんでした。また、赤身は漬けにされて寿司ネタになっても、漬け汁が染み込みにくいトロは、鮮度を保つことが難しく、ネタとして使われていませんでした。

その状況は、冷凍技術の進化によって一変します。高品質なマグロを安定して流通させることが可能になり、生のマグロの美味しさが広く知られるようになりました。

この技術革新によって、赤身の力強い味わいだけでなく、中トロや大トロの脂の価値も評価されるようになります。また、もともと江戸時代以前の日本人は脂っこいものを食べる習慣がなく、脂っこいものは好まなかったようです。

これが、明治以降に肉食が入ってきたり、戦後アメリカの食文化が入ってきたりしたことで、脂っこい食事を美味しいと感じる日本人が増え、トロの評価が上がっていきました。

味覚の変化と市場の拡大が同時に進んだことで、マグロは「寿司の王様」としての地位を確立していきました。

外国人が最初に覚える寿司ネタ

また、マグロは寿司屋にとって非常に扱いやすいネタでもあります。部位ごとに価格帯を変えられるため、同じ魚を使いながら、日常使いの一皿から特別な一貫まで幅広いメニュー設計が可能です。

高級店でも大衆店でも成立するという点は、寿司ネタとして大きな強みだと言えるでしょう。

実際、先程のマルハニチロの調査では「我慢することが多い寿司ネタ」の1位に「マグロ(大トロ)」が挙げられています。価格が高く、頻繁には手が出ない。

それでも「食べたい」と思わせる存在であることが、この結果からも読み取れます。マグロは、日常性と特別感を同時に備えた、非常に珍しい寿司ネタなのです。

さらに、マグロはインバウンドやグローバルな寿司文化においても象徴的な存在です。外国人が寿司を食べるとき、最初に覚えるネタの一つがマグロです。

お皿に寿司
写真=iStock.com/Worapojfoto
※写真はイメージです

赤身の分かりやすい旨味、中トロのコク、大トロのとろける食感は、寿司初心者から通まで幅広く受け入れられています。

このように、マグロの人気は単なる好みや流行によるものではありません。

部位ごとの多様性、歴史的な背景、技術の進化、そして材料としての使い勝手。これらが一つの魚の中で重なり合い、寿司ネタの中心としての地位を支えています。

サーモンが現代の寿司を象徴する存在だとすれば、マグロは寿司文化そのものを体現する存在だと言えるでしょう。