人間には、「誰かに認められたい」という根源的な欲求が存在します。その承認の欲求のために、人はお互いに「役立ち合おう」として人間関係を築いていきます。一方で、それが根源的な欲求であるということは、すべての悩みの根本に人間関係があるということになります。今回は、人間関係をよくして人生をより豊かに過ごしていくために、「承認欲求」の上手な扱い方を紹介します。

「承認欲求」は人間の根源的な欲求

 人間の根源的な欲求について考えるとき、オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーが提唱した、「共同体感覚」という概念が参考になります。この概念は、人は家族の一員として、あるいは社会の一員として、お互いに承認し合える居場所を持ってはじめて幸せになれるという主張です。この「承認欲求」は、アドラー心理学の重要なファクターだとされています。

この主張のもとでは、人は居場所を確保するために、お互いに「役立ち合おう」とします。「自分は周囲にとって役に立つ存在であり、共通の目的にかなう存在である」と思えることは、原始より人間の生存にとって欠かせない感情であり、根源的な欲求でもありました。

それゆえアドラーは、「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」と喝破しています。人間の根源的な欲求に「承認欲求」があるからこそ、そこにすべての悩みの原因もあると考えたのです。

裏を返せば、この共同体感覚が失われていき、承認欲求が満たされなくなっていくと、人間は危険な状態に陥るということを意味します。ここでいう、危険な状態とはなんでしょうか? 

大きくふたつ考えられます。ひとつめは、承認を求めて特定の場所に依存してしまうこと。これには、新しいコミュニティに参加したり、趣味嗜好の合う人たちと交わったりと、いい意味もあります。

ただし、依存度が強くなると、自分が承認を得られる場所だけで活動するようになり、かえって交友関係が狭まっていきます。場合によっては、犯罪グループに関わったりカルト宗教などに入信してしまうこともあります。自己承認と他者承認が著しく不足すると、依存の度合いも偏執的になっていくと見ることができます。

ビジネスの場面では、会社で狭い派閥やグループを作ったり、自分を評価してくれる上司にだけべったりしたりする行動などがあげられます。

承認欲求が不足すると「怒り」が生まれる

もうひとつの危険な状態は、承認欲求が満たされなくなると、激しい「怒り」の感情が現れること。また、それに伴って思考がゆがんでいくと、怒りのコントロールが次第に難しくなっていきます。そうして、怒りが出てくれば出てくるほど、居場所がどんどんなくなっていく悪循環に陥ってしまうのです。

このように、自分で感情をコントロールできなくなると、自己肯定感も低くなっていきます。自己肯定感が低くなると、自分はもとより、他人や社会を信頼できなくなってしまいます。すると、さらに怒りが湧いてきて、危険な場所へと自ら入り込んでしまうのです。

ビジネスを例にすると、職場でいいようのない怒りを感じたり、部下が思ったようにできないことに突発的な怒りをぶつけたりする人は、案外、多く見られます。「こんなに頑張ったのにこれだけの評価しかなかった」「時間をかけて教えたにもかかわらずできなかった」といった状況は、職場ではよくあるのではないでしょうか。

これも本質的には、承認欲求が、あるいは職場における共同体感覚が薄れていることが背景にあります。それによって自分の感情をコントロールできなくなり、またそうした人を正しく導けないことで、組織のマネジメントがうまく機能しなくなっているのです。

自分を受け入れてくれる場所を探す

ここで、自分の承認欲求が満たされないと感じるときに試してほしい方法を紹介しましょう。それは、自分が承認される場所を自分で積極的に探しにいくことです。例えば、趣味嗜好が合う人と過ごせる場所を、職場以外で探してみる。話が合うツーリングのチームに属すのでもいいし、本について話し合うサークルに入ってみるのもいいでしょう。そんな職場以外の生活の充実が心の健康にとって大切であり、結果的に仕事の充実にもつながっていきます。

探す際のポイントは、これまでまったく関心を持たなかった新しい領域からではなく、「ずっと気になっていたこと」や「以前からやりたかったこと」など、自分の内にある好きなものを探ってみることです。「子どもの頃に抱いていた夢」をもう一度思い出してみるのもいい手がかりになると思います。

これはいわば、一種のリスキリングと言えます。若い頃はお金がなくてあきらめたことも、いまは経済的な余裕があることで、挑戦しやすい場合もよくあります。そんなことを探して思い切って挑戦してみると、視野が広がり、目の前の景色が広がっていく清々しさを感じられるようになります。

また、「自分にはできる」「まだまだ新しいことを楽しめる」と感じられることで、自尊感情や自己効力感(連載第1回目、第2回目を参照) (★それぞれリンクを貼ってください)も高まります。そうして、お互いに「役立ち合おう」とする感覚を持てることで、自ずと承認欲求を満たしていくことができるはずです。

感情を数値化して怒りをコントロールする

先に、怒りの感情がどのようにコントロールできなくなるかを述べました。職場においては、承認欲求を満たそうとする前に、まず怒りの感情とうまく付き合う方法である「アンガーマネジメント」に取り組みましょう。アンガーマネジメントには様々な考え方やテクニックがあり、この全20回の連載の後半でも詳しく紹介します。ここでは、簡単にできる方法として、感情を数値化して客観的に認識するメソッドである「エモーショナル・スケーリング」を紹介します。

やり方は、最初に「これまでの人生で経験した最も大きい怒りや不安・恐れ」を思い出し書き出します。これが「10点満点中の10点」となり、スケールの基準となります。そして、「いま感じている怒りや不安・恐れ」も書き出し、このスケール上に位置づけて採点します。

ほとんどの場合、10点に満たない点数になるはずですから、それを実際に目で確認するだけでも感情がやわらいでいきます。もし8?9点になる場合は、そこから1点でも下がるような行動を取ってください。例えば、その場をすぐに離れるといった行動でも構いません。とにかく、点数を下げることが重要です。

このメソッドによって、怒りの感情をうまく処理できるようになると、少しずつ視野が広がっていきます。すると、これまで見えていなかった情報に気づき、自分や他人をより客観的に認識できるようになって、行動が目に見えて変わっていきます。他人との「共同体感覚」を少しずつ持てるようになり、結果的に、自己肯定感も高まっていくでしょう。

(構成=岩川悟、辻本圭介 図版作成=木村友彦 撮影=川しまゆうこ)