村木厚子 30代の決断 激務と育児の両立、開き直りで乗り切る
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人生は決断の連続。就職や転職、さらには結婚、子育てなど、さまざまな局面で選択を迫られます。時には深く悩み、逡巡することもあるでしょう。

充実したキャリア、人生を歩んでいるように見える先人たちも、かつては同じような岐路に立ち、悩みながら決断を下してきました。そこに至るまでに、どんなプロセスがあったのでしょうか。また、その選択は、その後のキャリアにどんな影響を及ぼしたのでしょうか。

そんな「人生の決断」について、村木厚子さんが振り返ります。村木さんは1978年に労働省(現・厚生労働省)に入省して以来、女性政策や障がい者政策に携わり続け、国家公務員として37年間勤め上げました。キャリアのなかで、最も多忙だったのは30代。仕事と子育てに追われ、心身ともにきつい日々を過ごしました。一時は「仕事を続けられないかもしれない」というところまで追い込まれたことも。そんな試練を、村木さんはどう乗り越えたのでしょうか。

2回目にフォーカスするのは、「30代の決断」です。

※全3回のシリーズの第2回です。初回の「20代の決断」はこちらからご覧ください

仕事を辞める寸前まで追い込まれ……窮地を救った発想の転換

「子連れ赴任」をしていた島根から、およそ1年半の任期を経て32歳で東京に戻り、婦人局婦人政策課の課長補佐になりました。この昇進は私にとって、30代を通じてもっとも大きな決断だった、と言えるかもしれません。

というのも、ここから数カ月間は、社会人人生で最もしんどい時期だったからです。

当時、夫は長野に赴任していたため、私が東京に戻ってからも「母子家庭状態」が続いていました(※)。その頃に、長女が小児てんかんを発症。寝入りばなに発作を起こすことが増え、遅くとも20時までには帰宅して寝かしつける必要があったのです。

※……当時の労働省では、30歳前後の職員に必ず地方赴任を経験させるというルールがあった。村木さんと同期だったご主人は長野へ赴任していた。

私は多忙な部署に所属していて、20時前の帰宅ですら「早い」と思われるような状況。また、若い部下たちを差し置いて早く帰ることに対しても抵抗がありました。「ごめんなさい。お先に失礼します」と謝りながら職場をあとにする日々。着任したばかりで慣れない職場なのに、そんな中途半端なやり方では仕事の能率も一向に上がらない。辛かったですね。人前では気を張っていても、誰もいない階段やトイレに行くと涙が出てくる。心身ともに追い込まれていました。

このままでは駄目だと思い、今どうするべきなのかを真剣に考えました。仕事は私が辞めても誰かが後任におさまるけれど、娘にとってお母さんは私しかいません。仕事か子どもか、どちらかを選ばなければいけないのなら、子どもを取るのは当たり前のこと。

そんなこんなで出した答えは「もう少しだけ頑張ってみて、両立できないと判断したら仕事を辞めよう」でした。働き続けることを生涯の目標にしてきた私が仕事を辞めようと思ったのは、この一度限りです。それくらい重い決意でしたが、不思議なことに、決心すると驚くほど気持ちが軽くなったのです。「辞めれば解決する」という開き直りが心の平穏をもたらしてくれたのか、状況はまるで変わっていないのに、悩み苦しむことがなくなりました。先に帰ることへの躊躇も消え、部下や周囲に素直に頼れるようになりました。

私が悩んだからといって同僚の負担が減るわけではない。仕事を回す方法を考えることが先決です。結局思い込みによって自分を苦しめていただけなのだと。私の敵は「仕事が忙しいこと」「みんなを残して帰ること」「娘が病気であること」ではなく、それらに対する自分の受け止め方、考え方なのだと。30代半ばでそのことに気づけたのは大きく、その後も幾度となく大変な状況は訪れましたが、考え方を変えるだけで気持ちが落ち着きました。

スイスのジュネーブで行われたILO(国際労働機関)の総会にて。33歳ごろの一枚
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スイスのジュネーブで行われたILO(国際労働機関)の総会にて。33歳ごろの一枚

私に限らず、多くの人が仕事や育児、親の介護との両立、あるいは病気で休職することなどに対して思い悩んだ経験があるのではないでしょうか。「職場に迷惑をかけているのではないか」「子どもにとって、良い親ではないのではないか」と。でも、そんなふうに自分で自分をいじめても、どんどん疲弊してしまうだけで、何の解決にもつながりません。実際、職場の誰かに負担をかけていたとしても、それは仕方のないことです。

一時の「借り」だと思って、自分に余裕ができた時、厳しい立場にいる人を助けてあげればいい。今は「受け取るだけで」いい。悩んでも仕方のないことは、いったん忘れればいい。忘れられなければ、横に置いておけばいい。私自身もそうしてきましたし、後輩にもそう伝えてきました。

「辞めれば解決する」と開き直ったら、状況はまるで変わっていないのに、悩み苦しむことがなくなった。
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