手を動かすことで直感的な気づきを得る
私たちの生活や仕事は、デジタル技術の急速な進化によって大きく様変わりしました。スマートフォンやパソコン、タブレットが普及する一方で、手書きの機会は急速に減少しています。今や、私たちが文字を生み出す作業の大半はタイピングやフリック入力に依存しているのではないでしょうか。
予測変換によって漢字やスペルの間違いが減り、入力ミスの修正も簡単です。また、定型文や以前に作成した文章から簡単にコピー&ペーストも可能です。デジタルツールの効率性や便利さには、手書きは太刀打ちできません。しかし、そうした便利さと引き換えに手書きが持つ本来の価値を見過ごしている可能性に、改めて目を向ける必要があるかもしれません。
教育現場でもタブレット端末を活用した授業が取り入れられて、生徒や学生が原稿用紙に書いたり、紙のノートに記録する機会は以前に比べれば少なくなっています。会社でも手書きの議事録や企画書を見ることはもはやほとんどありません。社内SNSが使われるようになった職場では、ちょっとした連絡や伝言をメモ用紙や付箋でやり取りする習慣は廃れてしまったと聞きます。
けれども“手を動かして文字を書く”という行為には、単なる記録の手段を超えた価値があります。紙に文字を刻んだり、グイグイと線を引いたり、グルグルと円で囲ったりすることで、頭の中に散らばったアイデアや未整理の思考を形にしていくことができます。
会議の議事録作成では、録音しながら文字起こしを進め、終了時に即座に要約を作ることも、デジタルツールやクラウドを用いれば容易です。しかし、それとは別にノートに要点を書くことで自分なりの解釈や整理が同時進行で行われ、新しい角度からの質問や提案ができたりします。
職場でも、プロジェクトの初期段階におけるブレインストーミングでは、ホワイトボードに自由に書き出す作業が、参加者のアイデアを整理したり発想を揺さぶったりするでしょう。
手を動かすことは、直感的な気づきを得るための大きな助けとなります。このようなメカニズムは、脳科学や心理学の分野でも注目され、数々の研究によって有用性が示唆されているところです。
「手は第2の脳である」と言われるワケ
たとえば、ロシアの心理学者ヴィゴツキー氏(Lev S. Vygotsky)は「言語が思考を媒介し、さらに認知の発達を促す役割を果たしている」と指摘しています。
「書く」という行為によって、頭の中にある言葉が具体的な形を持つようになり、それが思考の整理や論理的な筋道を立てる助けになると彼は考えました。この視点に立てば“手書き”は、単に情報を記録する以上に、思考を深める重要なプロセスであることがわかります。
神経科学の世界的権威で脳の前頭前野の研究で知られる久保田競氏は「手は第2の脳である」として、手と脳が密接に連動していることを明らかにしました。手は単なる運動器官ではなく、外界の情報を探知し、脳と情報をやり取りする感覚器官でもあるのです。手を複雑に動かすことで脳の発達は促進されますが、とくに「書く」行為が脳の活性化に寄与する点を、久保田氏は強調しています。
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