豊かな時代に勝つ「リテール理論2.0」

だが、その理論と実践も、創業から四半世紀たった85年頃になると、有効性は徐々に失われる。安さの提供にもろ手を挙げて喜んだ生活者も、豊かになるにつれ、生活の仕方を変える。多人数でしか暮らしていけなかった家族が、バラバラに分かれて暮らすことができるようになる。1人1人の好みも違いが目立ってくる。豆腐1つとっても、安いだけでなく、家族数に合わせてあるいは料理に合わせて、違ったタイプの豆腐が欲しいと思う。松竹梅(質の違い)、大中小(サイズの違い)の9種類の豆腐が店頭に並んでいないと生活者は満足しなくなる。加えて、商品の鮮度も重要な選択基準になり、さらに地域ごとに異なる味の違いも考慮に入ってくる。「安いだけ」の商品では、生活者の気持ちを捉えることはできない時代に突入する。

こうした、生活者心理の変化は、もちろん日本の社会が豊かになった結果だ。豊かな時代になり、味や鮮度やサイズなどの多様な購買理由が表れてくる。そうした生活者心理、行動の変化は、リテール理論1.0の限界を画す。

まず、全国一律標準化ではなく、異なるニーズを持つはずの地域、その地域ごとのニーズの違いへの対応が必要になる。本部集中一括仕入れの体制では、そうした対応は難しくなる。そのことは、商品部門中心、本社中心の組織体制からの脱却を要請する。それが意味するのは、地域ごとにある店舗中心の組織への変容だ。生活者の好みの多様性は、地域の文化や生活スタイルの多様性に基づくところが大きいので、生活者の好みに合わせることは、すなわち、その生活者が住む地域の生活のスタイルや文化の伝統に合わせることだ。その役目は、その地域から遠いところに住む本社の商品本部長やトップ経営者では果たせない。地域のそうした事情を熟知した店長の役目がことのほか、重要になる。