東京証券取引所は独立役員の選任を義務化するルールを定めた。なぜこのようなルールがつくられたのか。今回はその目的の正当性を考えたうえで、制度が有効な手段であるかどうか、考える。
なぜ一般株主の利益を考えることが重要か
昨年12月の初めに『独立役員の実務』という書物が送られてきた。編著者と送り主はともに東京証券取引所。私は上場会社の「独立役員」として東京証券取引所に登録されているから送られてきたのだろう。本書では独立役員制度の目的が明示され、この制度をうまく機能させるための独立役員の行動規範が示されている。
東京証券取引所は、数年前に、上場会社の社外取締役、あるいは社外監査役のうち、会社やその取引先、あるいは大株主と直接的な利害関係を持たない役員のなかから少なくとも1人を独立役員として届け出なければならないというルールをつくった。なぜこのようなルールが必要なのかという疑問を抱く企業関係者が少なくなかった。本書の狙いの1つは、このような疑問に答えることにある。もう1つの狙いは、独立役員はどのように行動しなければならないのかについての規範を示すことにある。
本書は、独立役員制度の目的について明確な主張をしている。ここでは、まず、この目的に正当性があるかどうかを考えることにしよう。そしてそのあとで、その目的を実現するのに独立役員の制度が有効な手段であるかどうかを、考えることにしよう。
本書では、独立役員制度の目的は「『一般株主』の利益を適切に保護すること」(2ページ)であると書かれている。ここでいう一般株主とは「市場での売買によって常に流動する可能性がある株主で経営に対する有意な影響力を持ちえない少数株主を指す」(11ページ)という。具体的には、個人株主や機関投資家が想定されている。なぜ一般株主の利益を考えることが重要なのか。本書はその理由を次のように説明している。「上場会社の企業活動は、持続的に収益を上げ、企業価値を高めることを主要な目的としておこなわれるものであり、一般株主は企業価値が高まることで利益を得ますので、一般株主の利益と上場会社の利益は一致するのが通常です」(2~3ページ)と。
だとすれば、企業の目的は、株主全体にとっての企業価値を最大にすることといえばよい。そういわずに、一般株主という限定が加えられたのはなぜだろうか。一般株主は、営利企業としての東京証券取引所に手数料を払ってくれる大事な顧客だからか。それだけではないだろう。
一般株主は市場に流動性を供給し、市場での価格形成を行うキープレーヤーだからであろうか。それだけでもなさそうである。おそらく大株主の影響力を排除したいという狙いがあるからではないかと私は推測している。市場管理者は大株主を少数株主と対立した利害を持つものと考え、市場のかく乱要因と見る。大株主の売買は、株価に大きな影響を及ぼしてしまうからである。
日本の上場企業のなかには親会社や兄弟会社が大株主となっていて役員を派遣している例、株を持っていなくとも取引先が役員を派遣している例がある。このようなステークホルダーの影響力を排除することを正当化するために、一般株主という限定が加えられたのではないか。こうした大株主がいるのは日本だけではない。欧米でも、創業家の持ち株会社や財団が大株主になっている例は少なくない。もっと徹底した方法が採用されている例もある。ファミリーの大株主が普通株を持ち、優先株のみを流通させているような例である。企業にとって、このような大株主は重要な意味を持っている。短期的に株価が下がっても株を持ち続けてくれるから、企業にとっての戦略の選択肢を増やしてくれる。他方、一般株主を重視する市場管理者や一般株主は、このような大株主を少数株主の対立者と見がちである。そうした大株主の影響力をどのように取り扱うかは、企業経営者と一般株主で見方が分かれるところである。企業の側は、長期にわたって株を持ち続けてくれる安定株主を求める。一般株主も、株を持ち続けてくれることを望む。日本では、敗戦後財閥解体が行われたので、安定株主になってくれるファミリーは少ない。そのため、財閥に代わる安定株主をつくるために、株の持ち合いが行われている。大株主の形成を防ぐことによって経営者の戦略選択肢を制約することが株主の利益につながるかどうかは、よく考慮しなければならない。ガバナンスを利害対立の視点だけから考えることの限界を考慮する必要がある。