「定点観測をしていれば景気が読める」「10分あれば報道の真相がわかる」震災の復興シナリオから企業の大型合併、不況下で高い利益率を誇る業界の仕組みまで、世の中の事象を正しく見るコツを数字のプロが解説する。
世界第2位の経済大国に躍進、なお成長著しい中国市場から大手ゼネコンの大林組が撤退を決めました。2010年、上海万博で日本産業館を建設したのを最後に、新規の受注活動はせず、現地法人を解散して中国ビジネスから手を引くといいます。
新聞報道によれば、撤退を決めた最大の理由は中国市場の規制とのこと。中国では外資が建築案件を受注するためにはライセンスが必要で、特級、1級、2級、3級と4階級に分類されているそうです。大林組は28階以下のビルしか建てられない2級の資格しか取得できずに、大型案件が取れなかった。
大型案件を取るにはすべての建設工事を請け負える「特級」の資格が必要ですが、これまでに特級を取った外資ゼネコンはなく、中国企業が独占しているとか。利権やコネがものをいう中国市場で大林組は苦戦を強いられていたと報道にはありましたが、私はこれも単純には信じません。
大林組の財務諸表の損益計算書を見てみると、10年度の第3四半期までの連結での売り上げ(完成工事高)は約7339億円で、前年同期の9733億円から25%程度も売り上げを落としています。
景気指標の「建設工事受注」を見ると、08年は前年比マイナス12.3%、09年はマイナス14.2%。つまり08~09年で国内の建設工事は合計25%以上のマイナスだから、建設会社は国内で4分の1ぐらい売り上げを落としているという状況です。その後も国内の建設工事受注は減っているという事業環境もあわせて考えなければいけない。
大林組は当初見込んでいたよりも受注が取れずに苦労していた。北京五輪と上海万博という山を越えたところで、業績が伸びない中国事業をこのまま続けていいのかという経営判断があったのだと思います。国内の状況を含めて業績がそれほど悪くなければ辛抱強く続ける選択もあったかもしれませんが、ここはいったん見切ろうという判断になった。財務諸表の数字を見ていると、そんな文脈が浮かんできます。
あれだけの建築ラッシュの中でも受注が取れないということで、大林組の撤退を機に中国事業に見切りを付けるゼネコンも出てくるでしょう。中国のみならず新興国は成長余力が大きい半面、国内産業保護が優先されて外資の参入障壁が高いケースが少なくありません。
同時期に大林組がカナダの中堅ゼネコンを買収したというニュースもありました。国内の建設不況が常態化しているなか、中国撤退後は東南アジアや規制緩和が進んだ先進国などでの事業を強化していくしかないということでしょう。
※すべて雑誌掲載当時
1957年、大阪府生まれ。81年京都大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。岡本アソシエイツなどを経て、96年小宮コンサルタンツ設立。『数字で考える習慣をもちなさい』『「1秒!」で財務諸表を読む方法』など著書多数。