「脆弱」の反対語は「頑強」である。しかし、よく考えると、世の中はそう単純ではない。コンサルタントの山口周さんは「タレブは『反脆弱性』という概念で、その矛盾を喝破した。たとえば、頑強なキャリアを作れるとみられていた大手都市銀行で人員削減が進むというのは、その具体例だろう」という――。
※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
ナシーム・ニコラス・タレブ(1960~)
レバノン出身、アメリカの作家、認識論者、独立研究者。かつては数理ファイナンスの実践者だった。金融デリバティブの専門家としてニューヨークのウォール街で長年働き、その後認識論の研究者となった。著書に『ブラック・スワン』『反脆弱性』など。
レバノン出身、アメリカの作家、認識論者、独立研究者。かつては数理ファイナンスの実践者だった。金融デリバティブの専門家としてニューヨークのウォール街で長年働き、その後認識論の研究者となった。著書に『ブラック・スワン』『反脆弱性』など。
日本語にない「反脆弱性」という概念
反脆弱性とは、「外乱や圧力によって、かえってパフォーマンスが高まる性質」のことです。日本語だと非常に硬骨に感じられますが、原書ではAnti-Fragileという新語の形容詞が用いられています。
いずれにせよ、私たちが一般的に用いている言葉には、そのままズバリ、このような性質を表す言葉はありません。私たちの言葉は、私たちの世界認識の枠組みを反映していますから、「反脆弱性」を意味するそのままズバリの言葉が英語にも日本語にもなかった、ということは、これが概念として新しいことを示唆しています。
「脆弱」の反対は「頑強」ではない
普通、私たちは、外乱や圧力によってすぐに壊れたり、調子が悪くなったりする性質のことを「脆弱=脆い=Fragile」と形容します。では、これに対置される概念は何かと言うと、一般的には「頑強=Robust」ということになります。しかし、本当にそうなのか、というのがタレブの思考の出発点でした。
「外乱や圧力の高まりによってパフォーマンスが低下する性質」というのが「脆弱性」の定義なのだとすれば、対置されるべきなのは「外乱や圧力の高まりによって、かえってパフォーマンスが高まるような性質」ではないのか。これをタレブは「反脆弱性=Anti-Fragile」と名付けました。タレブは次のように書きます。
反脆さは耐久力や頑健さを超越する。耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする。この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的イノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化しつづけてきたどんなものにも当てはまる。地球上の種のひとつとしての人間の存在でさえ同じだ。そして、人間の身体のような生きているもの、有機的なもの、複合的なものと、机の上のホッチキスのような無機的なものとの違いは、反脆さがあるかどうかなのだ。